~七十の巻~ 夫婦の誓い
私がセイの眩しい笑顔に思わず見惚れておると、セイが私を離して、其の胸に掛けておる、お父様から戴いたと申しておった指輪を括っておる首飾りを首から外した。
私が其の美しく輝く黄金の指輪を見つめておると、セイは其れを美しい所作で紐から外すと、
『手を此方へ。』
と申すので、私が右手を差し出すと、
『違う、右では無い!左だ!』
と怒られた。
『然すれば、初めから左手と申せばよいではありませぬか!』
何故私が怒られねばならぬのか納得ゆかぬ中、言われた通り再度左手を差し出すと、
今度は其の手をセイの左手が優しく掴み、私の薬指に小さな方の指輪をはめた。
そしてセイは其のまま指輪を私の指ごと包むと、何かを呟いておる。
何を申しておるのかは聞き取れなかったが、瞬間指が熱くなった。
『熱っ。』
慌てて指を見たが熱かったのはほんの一瞬の事で、其の指輪は今はただ私の指に、誂えた様にぴったりとはまって、キラキラ輝いておる。
『えっ?あの・・・、』
驚いて何を申してよいか分からず、指輪とセイを交互に見て言葉に詰まっておると、
『此れを我が指にはめよ。』
と申して一回り大きな方の指輪を私の掌に載せると、左手を差し出した。
私が訳が分からぬながらも、セイが申した通りに指輪を手に取り、セイの指にはめようとすると、
『違う!薬指だ!』
と又怒られ、何故私が何度も怒られねばならぬのか納得ゆかないながら、漸く薬指に指輪をはめ、手を離そうとすると、
『暫し其のままでおれ。』
と申して、又何事かぶつぶつと呟いた。
漸く、もう離してよいぞと言われて、手を離すと、
『はぁ。』
と溜め息を吐いて、
『全くお前は何も知らぬのだな。』
『遥かな異国では、夫婦になる誓いの証として、この様にして指輪を互いの指にはめるのだそうだ。』
と我知り顔で宣うセイに、
『そ、其の様な事、存じておる者など、我が国には殆どおりませぬ。』
存じておるセイの方がおかしいです、と必死に反撃しておった私だったが、不意にセイがさらりと申した言葉が引っ掛かった。
(えっ?えっ?え-っ?!)
(め、夫婦って?)
(夫婦って申さなかった?)
(如何なる意味?)
今頃気付いたセイの言葉に、今度こそ驚き過ぎて、声を出す事さえ出来ぬ。
そんな私の様子など気にするでも無く、
『そしてもう一度、と、』
『はい?』
顎に手をかけられて上を向かされて、目をまんまるく見開いてセイを見ると、
其の顔がどんどん近づいて来るので、益々目を見開いて固まってしまうた。
すると、
『目を閉じろ。』
『凄い顔になっておる。』
と言われ、
(はい?)
『まぁお前がよいなら私は構わぬが。』
『こういう誓いの口付けもお前らしくてよいか。』
そう何やら一人で納得すると、顎を持つ手に少し力が加わって、温かい唇が私の唇に重なった。
私が驚いて慌ててセイの体を押し戻そうとしたら、逆にぎゅっと腰に手を回されて抱き締められて、結局、漸くセイが口を離してくれた時には、息も絶え絶えで、またへたりこむ羽目になった。
『最後にこうして口付けをするものらしい。』
『珠、口付けの際、息を止めておると死ぬるぞ。』
『まぁ、おいおい慣らしていくしかあるまいか。』
などと、真正面な顔をして考えておる。
『ちょ、ちょっ・・と、待っ・・・、』
『いっ・・たい、な、何・・を、も、申し・・て、おる・・・、』
息をハァハァさせながらも、セイに確認すると、
『何って、たった今、私達は夫婦の誓いを交わしたのだから、此れからは口付けくらい慣れて貰わねば困るという話だ。』
『本来なら更にこの続きがあるのだが、其れはまぁ追い追い、今ひと思いにというのは、流石にまだお前には酷な話であろう、故に寛大な心で今はここ迄で許しておいてやる事にした。』
ありがたく思えよ。
(誓い・・・?)
(続き・・・?)
(慣れる・・・?)
私にはセイが何を申しておるのか、何が何やらさっぱり解らなかった・・・。




