~七の巻~ 書庫
其の建物は数多の柱で支えられた高床式の建物で、入り口は階段を数段登った上にあった。
重々しい観音開きの扉は、風を通す為か開け放たれておった。
入ると直ぐに長い回廊が真っ直ぐに伸びており、此方も廂が全て上げられておった。
回廊沿いの部屋には仕切りも扉も何も無く、大広間の様になっておる。
其処には棚が整然と並び、無数の書物が保管されておった。
『凄い書物・・・。』
溜息混じりに呟いた私に、
『書物はお好きですか?』
と其の御方は私に振り向き、お尋ねになられた。
“たま”は腕の中で大人しくしておる。
『はい、己の知らぬ世界を知る事が出来ます故。』
『然れど女人である私は、中々書物を手にする事が出来ませぬ。』
『周囲の者は皆、書物を読む暇があったら、歌を詠むか、琵琶を弾くか、はたまた針物をせよと申します。』
苦笑混じりに斯様に申し上げると、
『ははは、そうですか、其れは勿体ない事ですね。』
『知りたいと思う気持ちは、皆同じだと私も思いますよ。』
斯様に申されて、丁度突き当たった回廊を左に折れて直ぐ右側の部屋の扉を開けられた。
◇◇◇◇
どうぞ、と通された其のお部屋は飾り気が無く、然程広くは無かったが、廂を開けると気持ち良い風が入って来て、とても静かで居心地の良い部屋だった。
其の御方は、
『そちらにお掛けになられて、少しお待ちください。』
其の様に私に声をお掛けくだされ、“たま”を、日当たりの良い部屋の隅の茣蓙の上に降ろすと、ご自分は続き間になっておる奥の部屋に入って行かれた。
私は斯様な奥宮迄付いて来てしまうた事を、早々に後悔しておった。
(あの御方は一体どの様なご身分の御方なのでしょう?)
服装から推察したところでは、何れかの高位貴族のご子息かと思われたが、其れにしては“たま”の事がある。
“たま”を世話しておると仰った話し振りからは、内裏にお住まいなのでは?とも考える事が出来た。
寧ろ其の方が自然だ。
此方にご案内くだされたご様子からも其の様に感じられた。
まあ内裏にお勤めの御方なら、内裏内の建物にお詳しいのは当然だし、宿直のお勤めもお有りだろうから、この辺りに住み着いておる猫の世話をしておってもおかしくはないのだが・・・。
私は、陽だまりで丸くなって目を閉じておる“たま”の頭を撫でながら、思案に暮れておった。