~六十八の巻~ 後の薬
『綺麗・・・。』
私は目の前に広がる美しい光景にただただ言葉を失うておった。
にも拘らずセイは、
『其れよりも、まずは傷の手当てだ。』
斯様に申すと、真っ直ぐに河原まで行き、私を降ろした。
そして私の手を取ると、直ぐに川の水で丁寧に傷口を洗うてくれた。
冷たい川の水は傷に凍みて、私は思わず顔をしかめてしまうたが、
『凍みるか?然れどこの後の薬はこんなものでは済まぬぞ・・・。』
と、口角を上げて意味有りげに笑うておる。
(あの顔・・・、何か嫌な予感がする・・・。)
掌の汚れを綺麗に落とすと、
『膝もであろう、見せてみよ。』
と申すので、私が慌てて、
『膝は己で出来まする。』
とセイから離れようとすると、腕を掴まれ、其のまま膝裏に手を添えられて抱き上げられた。
『セ、セイ?!』
『ちょ、ちょっと降ろして!』
じたばた騒ぐ私を無視して、私を抱いたまま其の場にしゃがみ込むと、私を己の膝の上に座らせて、私が着ておった衣の裾を少し捲り上げた。
『や、やめ、』
すると顕になった膝の傷は、思うた以上に酷かった。
セイは顔を顰めて、
『此れは酷い・・・、かなり痛かったであろう。』
と私の頭に手を置いた。
其の瞬間、其れ迄は気を張っておったせいなのか遠ざかっておった痛みが、一気に戻うてきた。
『いっつう!』
痛みに思わず膝を押さえた私に、
『凍みるだろうが、今少し我慢せよ。』
『このままでは傷が化膿するやもしれぬ。』
そう申すと、水を掬って其れを私の膝にそっとかけた。
(うっ・・・、)
私が目を瞑ってじっと痛みに耐えておると、何度か水で浄められた後、今度は別の何か柔らかくて温かい物が触れる感覚がした。
(?)
何だろうと思わず目を開けると、目の前にセイの頭があり、私の膝の傷を舐めておるではないか!
『セ、セイ!?』
ちょっと、と私はセイの頭を押して止めようとしたが、私の力ではびくともせぬ。
『そ、そんな、とこ・・ろ・・・、き、きた・・ない・・から・・・、おね・・い、やめ・・・、』
私が最早恥ずかしくて堪らず、半泣き状態でそう訴えると、
『薬の代わりだ。』
『此れが一番早くて良く効く、汚ない事などあるものか!』
『先程申しておった、あ、後の、く、薬って・・・!』
私が真っ赤になりながら、あわあわしておると、
そんな私をまるで気にする事なく、今度は手を取り、止める間もなく又舐め始めた。
私は恥ずかしくて見ておられずに、再び目を瞑って何とか堪えておったが、其のお陰か、痛みどころではなくなってしまうた為、痛さはいつの間にか和らいでおったのだった・・・。
『よし、これで良い。』
『立てるか?』
恥ずかしくてずっと俯いておった私は、ただ黙して頷いた。
セイは私を立たせると、
『一人で歩けるか?』
と、尚も心配してくれておるので、
私は其の場で、少し歩いてみた。
膝も手も、全く痛くないと申せば嘘になるが、普通に歩く分にはもう支障無さそうだったので、
『はい。』
と答えると、
『そうか、だが辛くなったら無理せず必ず申せ。』
そう申すと、然らば此方だ。
と、先程出て来たばかりの出口の脇の方に戻うて行った。




