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~六十二の巻~ 来訪

 漸く屋敷に辿り着き、ほっとして、早く自室に戻り休みたいと思うた私の前に、先振れも無く突然伊勢に来られたお父様が、()がり(かまち)で仁王立ちをして待ち構えていらした。


『お、お父様?突然如何なされたのでござりまするか?』


『都で何か?』


私が早く部屋に戻りたい気持ちを何とか抑えて、斯様にお声掛けさせて戴くと、


『いや、都は大事無い、ただお前を迎えに来ただけだ。』


とさらりと申された。


其れを後ろで聞き付けた笹野が、


『右大臣様、大変ご無沙汰致しております、お話し中に大変失礼致しまする、笹野にござりまする。』


『火急にて都よりお越しのところを誠に申し訳ござりませぬが、珠姫様には、先程からご気分が優れぬご様子にて、私共も急ぎ戻うて参りました、恐れ入りまするが詳しいお話は、明日にして戴く事は叶いませぬでしょうか?』


『何?気分が優れぬと?』


『珠、如何致した?熱は?どこか痛むのか?』


『いえお父様、ご心配には及びませぬ、大事はござりませぬ故・・・、ただ少しばかり暑さに当てられただけと存じます、其れ故、早めに休ませて戴きとうござりまする。』


『真に其れだけか?ならば今宵は早く休むが良い。』


『ありがとう存じます。』


斯くして、漸く私は部屋に戻る事を許されたので、其のまま、


『ではお休みなさりませ。』


とそそくさと自室に向かうた。


お父様が申された『迎えに来た』という言葉は、この時の私にはとても咀嚼(そしゃく)する余裕など無く、其の言葉自体、右から左へと流れて、私の頭の中に残る事は無かった。


一人になると、途端に姉上様のお顔とお声が甦ってきた。


二人が共に帰る後ろ姿が未だに目に焼き付いて離れぬ。


今頃セイは姉上様と仲良く夕餉を取っておるのだろうか?


其の様な事、今迄考えた事も無かったのに、今は二人の事ばかり次から次へと頭に浮かんできて、そして其の都度二人の仲睦まじい姿が頭にちらついて、すると私の心は更にモヤモヤ、イライラするのだった。


頭から布団を被りて目を瞑うても、楽しげな二人の姿は一向に消えてはくれず、寧ろより身近に迫り来て、セイの愉しそうな笑い声が耳の奥に木霊して離れぬ。


私は結局明け方迄、悶々と止め()ない事を考えて過ごす羽目になった。


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