~六十の巻~ 涙のわけ
初めてセイに洞窟に連れて行って貰うた日から、剣術の稽古も変わらず続けながらも、私達は約束通り二人だけであの囲炉裏の広間で勉学を始めた。
私達が二人だけで勉学をさせて欲しいと皆に懇願すると、笹野以外の殿方二名は快く思うておらぬ事は明白で、
『お二人きりなど、何かあってからでは取り返しがつきませぬ。』
危険過ぎますると散々異を唱えておったが、最後はセイに根負けした形で、不承不承ながら承知してくれたのだった。
そうして午後のひと時を皆から離れ、私達はあの洞窟内で過ごす様になった。
セイは毎日、既に読み終えた様々な書物を私の為に携えてきて、此れ迄に見た事も聞いた事も無き面白い話をたくさん教えてくれたので、狭かった私の世界が少しずつ広がっていき、興味が尽きる事は無かった。
◇◇◇◇
あの日は、頭の中が混乱して、あれからどの様にして屋敷迄戻うたのかさえ思い出せぬ。
『姫様、姫様?如何なさりました?お顔の色が優れぬご様子ですが・・・、ご気分がお悪いのですか?』
そう笹野に声を掛けられ、漸く自室に戻うた事に気付いた程だ。
『えっ?あっ、私いつの間に屋敷に・・、済みませぬ、ちょっと考え事をしておっただけ故、大事ありませぬ。』
『然れど・・・、』
『ただ、ちょっと驚いただけなのです。』
『驚かれた?何にでござりまするか?』
『セイが・・・、』
『セイが・・・、来年元服し、姉上様と・・婚礼を挙げると・・・、』
『婚礼?姉上様と?でござりまするか?』
『ええ、姉上様と申しても、お父上様の連れ子だそうで。』
『まぁ、そうでござりましたか・・・。』
『私は驚きの余り、直ぐにご祝辞も述べられず・・・、』
『未だに信じられぬと申せばよいのか、セイが婚礼を挙げるという事自体、実感が湧かぬと申せばよいのか・・・。』
『青馬様はどの様にお話しくだされたのでござりまするか?』
『ご両親が再婚された折に、お父上様から其の様に申し渡されたそうで、セイも姉上様も承知しておる、と・・・。』
『故に私とは・・・、』
『姫様?』
『私とは・・・、』
『私とは!』
『共に過ごせる・・のは・・・、』
『共に過ごせるのは!この年の暮れ・・迄・・だと!!!』
『うっ、ひっく、ひっく、』
『姫様!』
『わた・・くしは、わた・・くしは、何故、何故・・・、』
『姫様・・・、其のお答えは、姫様ご自身が一番お解りになられておられる筈でござりまする。』
『えっ?』
(私自身が?)
『何故今涙をお流しになられておられるのか、ご自分にお問い掛けくださりませ。』
笹野はそう申して静かに部屋を出て行ったのだった。




