~六の巻~ たま
『猫ちゃ~ん!どこ~?』
私が急に走りだしたので、驚かれたご様子の其の御方も、
『どうなされたのです?』
と、急ぎ付いて来られた。
そこで、猫が何か小石の様な物に戯れて何処かに行ってしまうた事をお話しすると、丁度少し先の茂みから尻尾が出ておるのが目に入った。
『あっ、あそこに!』
私が思わず叫ぶと、
『しぃーっ!』
と口に指をあてて、
『“たま”』
『“たま”おいで。』
其の猫に呼び掛けていらっしゃる。
すると其の猫は此方の方に顔を向けて、其の御方を認めるやいなや、もの凄い勢いで飛んで参った。
『貴方様の猫でいらしたのですか?』
私が目を丸くしてお尋ねすると、其の御方は愛しそうに猫を抱き上げながら、
『いいえ、私の猫という訳ではありませんが、偶にお見えになりますので、食べ物を差し上げたりしておりまして、寒い日には部屋に上がり込んで、火の傍で丸くなられたりしてお出でですよ。』
『実に自由で羨ましいですね、偶にやってみえるので、私は“たま”と呼んでおります。』
と笑うておいでだ。
其れから二人で、たまが出て来た茂みを覗き込んでみると、綺麗に磨かれた翠色の玉が落ちておったのだった。
私が手を伸ばして取ってお渡しすると、其の御方は私の腕にそっと触れ、
『傷が・・・、』
と仰るので、
腕を見ると、手を伸ばした際に周りの木で擦ってしまうたらしい擦り傷が、あちらこちらに付いておった。
然れどどれもかすり傷だったので、
『かすり傷です、大した事はござりませぬ。』
と申し上げたのだが、
其の御方はとても済まなそうに、
『いいえ、痕になったら大変です、薬を塗りましょう、此方にお出でください。』
斯様に申されて、どんどん歩き出されてしまわれたので、仕方なく私も、其の御方の後に付いて、更に奥まった場所に在った建物に入ったのだった。