~五十七の巻~ 謀反
『青湖様、今すぐ此処を引き払います、予て打ち合わせ通りに私の母方の実家近くの山村にお連れ致します。』
『取り急ぎ出立のお支度を!』
父上の側近であり、幼なじみでもある暁房が、突然やって来てそう告げたのは、ある初秋の夕暮れだった。
『何があったのです?』
『郁馬様は如何なされた!』
母上の問いに、
『今は詳しくご説明申し上げる時がござりませぬ。』
『郁馬様の命にござります。』
父上より何かしらの話を聞かされていらしたのか、其の一言で、
『直ぐに立ちます、支度を。』
と控えておった侍女に短く命じた。
すると驚いた事に、家人も皆心得ておったようで、其の旨伝えられるや否や、一斉にてきぱきと各自の支度を始めた。
元々万が一の為の準備がなされておったのか、あっという間に家の中は小綺麗に片付いていった。
其の様な中、私だけが取り残されておる様な焦燥を感じずにはおられなかった。
私だけが何も聞かされておらなかった・・・。
『母上!父上は如何なされたのですか!』
『暁房!父上は何処に?』
『何があったのだ!』
私が混乱からまくしたてると、
『青馬、落ち着きなさい。』
『如何なる事が有ろうと、人の上に立つ者は取り乱してはなりませぬ。』
『私は、私は其の様な者ではありませぬ!』
『己の父上の身を案じて何が悪いのですか?』
『青馬・・・、お父上様は・・・、』
母上が話そうとなされたのを遮る様に、
『若君、お父上・郁馬様は都を落ちられました。』
『最早戻られる事はござりませぬ。』
『恐らく奥州方面を目指されて向かわれているものと思われます。』
『お・・お・・しゅう?』
『はい、青馬様と青湖様をお守りになられる為、目眩ましの為に逆方面に落ちると申されておられました。』
『其の折、お二人を頼むと命を受けました。』
『此れよりは身命を賭して、お二人を安全な地迄お連れし、この暁房、生涯を掛けてお二方をお守り致す所存です。』
暁房の言葉が咀嚼出来ぬ。
『いったい何が、何があったのだ?父上が何故?』
『お祖父様、太政大臣様が謀反を企てたとして、先刻、捕らえられました。』
『其の際、ご一緒にいらした一族の方々、皆様全員連行されました・・・。』
安芸のご一族で其の場に居合わせなかったのは、お父上・郁馬様お一人だけかと推察致します。




