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~五十六の巻~ 隠し子

 あの日以来私は、頻繁に秋人様のお屋敷を訪れる様になっておった。


◇◇◇◇


 私の母上は、父上の元に嫁がれる以前は、父上のご正妻で左大臣家のご息女・天乃様の侍女をなされていらしたのだそうだ。


左大臣家息女として蝶よ花よと育てられた気位の高い天乃様と、欲が無く、おおらかで、誰にでも優しく接する父上とは合わず、元々両家の利害の為に結ばれた政略結婚であり、婚姻後程なく、すれ違うようになられていらしたらしい。


斯様な折、父上は天乃様のお屋敷に奉公に上がられたばかりの母上を見初められたのだった。


当初は己の身に降り掛かった状況が信じられずに怯え、父上から遠ざかる事に必死だったという母上だが、真摯に母上に想いを伝えられる父上に誠実さをお感じになられ、いつしか二人は想い合い、そして母上は私を身籠られた。


父上は天乃様に気付かれぬうちに母上を屋敷から下がらせ、其のまま、父上が幼少の折に何度か過ごされたが事がある、都から程近いところに在る小さな村の庵に、僅かな家人と共に母上を住まわせた。


私は其処で生まれ、其処で育った。


父上は時間がある限り私達と過ごしてくだされたが、元々ご多忙であり、又私達の存在は誰にも、お祖父様の太政大臣様にも秘匿されておった為、皆の目を欺く為にも、天乃様との関係は断ち切る事が出来ず、定期的に天乃様の元へも訪れざるを得なかった。


母上は、(かつ)て仕えていらした天乃様に大変遠慮なされており、申し訳ないと口癖の様に申されていらしたので、普段は淋しそうになされていらっしゃるのに、天乃様との縁を断ち切れぬ事を詫びる父上に対しては、其の気持ちをお見せにならず、


『私達は此れ以上無き程、幸せを戴いております。』


『貴方様のお気持ちは解うております故、どうかお気になさらずに。』


と微笑まれていらした。



◇◇◇◇


 斯様な事情からも、珠に会いに私が秋人様のお屋敷を訪れる事で、普段中々お会い出来ぬ父上とも其の場をお借りしてお会いする事が可能になり、私は足繁く珠の元に通うておったのだった。


そう、あの日までは・・・。


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