~五十五の巻~ 許婚
『青馬様、珠にござります。』
『珠、青馬様がご挨拶にお見えくださりましたよ。』
斯様に申されて小夜奈様が優しく赤子に触れると、其れ迄目を瞑って寝ておる様に見えた赤子が、ぱちっと其の大きな目を見開いた。
『まぁ珠、よう寝ておりましたのに、解ったのですね。』
小夜奈様が嬉しそうに、もう一度、珠という名の赤子の頭を優しく撫でると、
赤子の方も嬉しそうに、
『あ―、あ―、』
と何か頻りに声を上げておる。
『青馬様、珠が寝起きで斯様にご機嫌なのは初めてでござりまする。』
『た・・、ま・・?』
『はい、真珠の“珠”で、“たま”と申します。』
『もそっと近う、此方へお出でなさいませ。』
誘われるまま私が赤子に近づくと、ほんのり甘い心地好い薫りがした。
柔らかそうな白い頬に、傷を付けぬ様に恐る恐るそっと触れてみると、小さな手のひらが、私の手の甲にお返しの様に触れてきた。
顔を覗き込んで、
『た・・ま。』
小声で名を呼んでみると、
『あう、あう、』
と返事をする様に私を見て笑うた。
『珠!』
其の瞬間、私の心は決まった。
『珠、青馬じゃ。』
『青い馬でセイマ。』
『お前が大きうなったらお前の夫となってやる故、早う大きうなるがよいぞ。』
すると御簾の向こうから、
『はははは、』
『聞いたか?秋人?』
『私の勝ちじゃ。』
『婚約成立だ!』
其の日私達は、正式に許婚となったのだった。




