~五十三の巻~ 誕生
『珠?珠?』
其れから暫く二人静かに、パチパチと音をたてて燃え盛る火を見つめながら暖まっておると、いつしか珠は安心しきった様に、私の腕の中で眠りに落ちていた。
『珠・・・。』
私は起こさぬ様に、ギュッと珠を抱き締めた。
《青馬の回想・出逢いと別れ》
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『セイ!青馬!お前の許婚が産まれたぞ!』
父上が喜び勇んで私のところにお出でになられたのは、私がまだ四つの時だった。
『いい・・な・・ず・・け?』
『ああ、この日を指折り数えて待っておった。』
『お前の未来の花嫁だ!』
『は・・な・・よめ?』
『ああ、秋人と小夜奈殿の娘子だ、先が楽しみだ。』
美しゅうなるぞ。
父上は、そう嬉しそうに申されて、此れから其のご尊顔を拝見しに参ろうではないか、と私の頭を撫でられた。
◇◇◇◇
父上に連れられて伺ったお屋敷は、正にお屋敷と呼ぶにふさわしい大邸宅だった。
『・・・』
私がお屋敷の前で気後れして立ちすくんでおると、
『ははは、凄い屋敷だろう?』
『だが、そなたは私の息子、臆する事など何も無い。』
『堂々と胸を張っておればよい。』
ほら、参るぞ、と私の頭に手を置かれた。
父上の大きな手は不思議と私を安心させてくださる。
案内された部屋に入ると、父上のご友人で、右大臣様のご子息、柿本秋人様が私達を出迎えてくだされた。
『秋人、ようやった!』
『未来の婿を連れて参ったぞ。』
其の日の父上は、今迄見た事も無い程、上機嫌だった。
斯様な父上に対して、何故か秋人様はいつに無く不機嫌に、
『まだ産まれたばかりぞ、其れに、そなたのところに嫁にやるなどと、誰も申しておらん!』
と興奮されていらした。
父上は、斯様な秋人様のご様子を、まるで気になされる事なく、
『まぁまぁまぁ、此処は本人達の意思に任せてみてはどうだ?』
と笑うておられた。
『はぁ?何を申しておる?まだ赤子ぞ!』
父上は秋人様の苦言をまるきり無視なされて、
『然らばご対面と参ろうではないか?』
『青馬、此方ぞ。』
と奥の続き間に私を促した。




