~五十一の巻~ 温もり
『然し、其の毛皮、やはり珠が身に付けて正解だったようだな、よう似合うておる。』
私の姿を見てセイが愉しそうに笑うた。
『お父上様の大切な衣を私の様な者が身に付けさせて戴いて、宜しいのでしょうか?』
『父上は、珠が着てくれたと知れば、必ずやお喜びになられる筈だ。』
父上はそういう方だったと、セイは珍しく嬉しそうにそう申した。
此れ迄、毎日の様に共におるが、セイが斯様に嬉しそうにしておる姿を見た事など殆ど無かった。
其れだけに、セイが如何にお父上様の事を好きだったか、其の言葉や態度の端々から、痛い程私にも伝わうてきた。
『どうだ?其の毛皮は?暖かいか?』
とセイが訊いてきたので、
はい、とても、と答えると、
『そうか、どれどれ。』
と申すや否や、私の後ろに腰をおろし、私を挟むように足を投げ出すと、私のお腹の前で手を結び、背中から毛皮ごと私の事をすっぽりと包み込んできた。
『き、きゃあ、セ、セイ、何をしておるのですか?!』
『ちょ、離して!』
私が必死に体をばたつかせて身をよじっても、セイは身動き一つしない。
其れどころか、私の言葉を完全に無視して、私の体をより一層強く包み込むと、左肩に顔を埋めてじっとしておる。
『セイ?何をしておるのです?離してください!』
『確かに暖かいか、まるで猫を抱いておるようだな。』
そう申して私の肩に頬を擦り付けてくる。
鼓動が、最早破裂するのではないかと思われる程、どきどき、どきどき、先程から打ち続けておる。
セイの素肌が触れておるのを感じる。
直視出来ずにずっと敢えて目を逸らしておったというのに、絶対にわざとだ!
また私をからかうて、楽しんでおるのだ!
骨張った腕がすぐ傍にある。
汗の匂いがする。
首もとには先程からセイの温かい息が何度もかかって、其の度に私の体は、寒くなどないのに、何故かぞくぞくした。
背中には何か堅い物が先程から当たっておって其れは痛かった。
身体中がセイを感じておった。
(もうだめ!)
今迄に感じた事の無い、身の内から沸き立つ様な不思議な感覚に、もうどうして良いか判らなくなり、
『セ、セイ!』
『わ、私・・・、おかし・・、なっちゃ・・、から、お願い、離して!』
下を向いて精一杯にそう哀願すると、
顔を上げて少しだけ体を離してはくれたが、相変わらず片手はしっかりお腹に回されたままだったので、
私はセイに、
『セイ、背中、背中に何か当たって痛いの、だから離して。』
そう訴えると、
『あっ、ああ、当たっておったか、其れは済まなんだ。』
と申して漸く体を少しだけずらしてくれた。
其れでもずらしただけで、腕は其のままだが・・・。
『何か首から下げておるのですか?』
『ああ、済まぬ、此れが当たっておったのだ。』
そう申して私に見せてくれたのは、キラキラ輝く綺麗な黄金の二つの指輪を通した首飾りだった。
『綺麗・・・。』
余りの美しさに私が見惚れておると、
『此れは最後に父上にお会いした際に戴いた品だ。』
『まあ、何て美しいのでしょう!』
『ああ、私の守り神故、常に身に付けておるのだ。』
『お父上様がセイを守うてくだされておられるのですね。』
すると今度はセイが、
『この髪飾り・・・、』
そう申して私の髪に触れてきた。




