~五十の巻~ 先人の愛
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『・・イ、セ・・イ、セイ!』
珠の呼ぶ声に我に返った。
『どうしたのですか?』
見ると、心配そうに私を見つめる珠と目が合うた。
『ああ、済まぬ・・・。』
『少しばかり昔の事を思い出しておっただけだ・・・。』
『昔の事?』
『いや、大事無い。』
『ああそうだ、其の毛皮、今お前が身に纏うておる其の毛皮も、元から此処にあった物らしい、恐らく先程の墓に眠る先住民の物だ。』
『正確には其れを父上が持ち帰り、密かに仕立て直させた物だが。』
『実を申すと、この洞窟を最初に発見したのは私では無い、恐らく私の父上なのだ。』
『お父上様?』
『ああ、父上もお若い頃にこの地を毎年訪れては、私達と同じ様に河原で剣の稽古に励み、ある日道に迷うてこの洞窟を偶然発見されたらしい。』
『父上はこの場に日記を残されていらして、其れで判った事だが・・・。』
『えっ?日記って、あの・・・。』
『あっ、ああ済まぬ。』
『珠には話しておらなんだな。』
『今の父君は母上が再婚なされた二度目の父君だ。』
『此処を発見された父上は私の真の父上だ。』
『す、済みませぬ!』
『構わぬ、話して無かった私が悪いのだ。』
『あの・・・、尋ねても構いませぬか?真のお父上様がどうなされたのか。』
『も、勿論、話せぬのなら構いませぬ故・・・。』
『・・・』
黙してしまうたセイに、
『す、済みませぬ、立ち入った事を、どうか忘れてくださりませ!』
私が慌ててそう申すと、
セイは真っ直ぐに私を見て、
『父上は訳あって遠くに参られた、然れど今もこの国の何処かで、母上と私を見守うてくだされておられる筈だ。』
そう申して、天に聳える樫の木を見上げた。
『セイ、済みませぬ・・・、辛き事を尋ねて・・・。』
『父上はこの洞窟であの先人達の墓を見付けられた。』
『父上の日記には、父上が見付けられた際には墓は二つで、其の二つの墓の前に、一人の人間の亡骸が横たわっておったそうだ、まるで墓に寄り添う様に。』
『寄り添う様に?』
『父上は其れをご覧になられて、二つの墓は、其の者の愛する家族なのだと直ぐに気付かれて、二つの墓のうち、小さき墓を挟むように、手厚く其の者を弔ってやったのだそうだ。』
◇◇◇◇
父上の日記を見て先人達家族の事を知った。
死して尚、愛する者達の傍に寄り添い、守うておったという其の亡骸は、母上と幼かった私を守る為に旅立たれた父上と重なって、自然と温かい想いが胸に込み上げてきた。
其れを知って私も誓うたのだ。
例え珠と私の二人の歩む道が今生では交わらぬとしても、父上やこの地に眠るこの者と同じ様に、私も命ある限り珠の幸せを心から願い、一生祈り続けて生きてゆこうと。
そして、そしていつの日か生まれ変わり再び出逢えたなら、其の時こそは、傍で守り、支えてゆける強い男になりたいと。
其の為に現世では、どんなに辛くとも、己に与えられたこの運命を受け入れ、義姉となる菫を今生の伴侶として大切にし、己自身も幸せになるべく前向きに生きてゆこうと。
あの日から三年、私は珠に再会した。
私は、私達の持つ絆の強さに驚愕し、其れと同時に歓喜した。
私達は何度でも巡り逢える。
◇◇◇◇
『其の日から私は時折独りで、此処に来ておる。』
『他の誰にも、和哉にも、この場所は教えてはおらぬ、連れて来たのはお前が初めてだ。』
其の様な事をさらりと言われて嬉しくない訳がない。
胸が熱くなった。
(此処はセイの秘密の場所、知っておるのはセイと私だけ・・・。)




