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~四十八の巻~ 黄金の指輪

(青馬の回想・幼き日)

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 『若君、私とお母上は、来月の吉日、婚礼を挙げる事と致しました。』


あの日は、もう誰も信じられぬ様になって、皆が止めるのも聞かず、屋敷を飛び出したのだった。


『若君、お待ちください!』


『若君!』


『青馬!』


父君と母上の私を呼ぶ声が、いつ迄も私の背中を追いかけて来る気が致して、裸足で夜の闇の中、必死に走った。


少しでも屋敷から遠ざかりたかった。


どこをどう走ったのか、気付いた時にはあの森の中をさ迷い歩いておったのだった・・・。



◇◇◇◇


 静まり返った夜の森は、恐ろしくはあったが、自棄になっておった私には、反って都合が良かった。


もしこのままこの道が、死者が住まうという黄泉の国へと続いておるというのなら、其れでも良かった。


黄泉の国・・・。


(其処に参れば父上にお会いする事が出来るのだろうか?)


(違う!違う!違う!)


(父上が其の様なところにおられる訳が無い!)


(父上が私達を残して自ら旅立たれる事など絶対に無い!父上はこの国のどこかで今も息災にしておられる!)


(私は何と愚かな事を!)


父上・・・。


戯れがお好きで常に明るく大らかで、真っ直ぐに母上と私を愛してくだされた陽の光の様な方だった。


離れて暮らす私達を気遣い、其の事に常に負い目を持たれていらした父上。


然れど、私は知っておる。


もしも私達の存在が知られたら、私達はあの様に穏やかな日々を送る事など到底出来なかった筈だった。


私は気弱になっておった自分を奮い立たせる様に、立ち止まってパンパンと二回両手で頬を叩いた。


すると私の脳裏に、最後にお会いした日に父上が申されたお言葉が甦ってきた。


『青馬、母上の事を頼むぞ、口惜しいが、私は常にお前達の傍に居てやる事が出来ぬ。』


『もしもの時には、私の代わりにお前が、お前が母上をお守りしてくれ!』


『良いな、青馬、必ずだ!頼んだぞ!』


恐らく父上は全てご承知だったのだ。


何れこうなる事も・・・、二度と会えぬ事も・・・。


私は父上に、必ず母上をお守りするからと、だからご安心くださいとお誓い申し上げながら、結局何も出来なかったのだ。


母上は未だ幼い私の為に、父上の側近だった暁房との再婚をご決断なされた。


其れくらいはいくら幼い身の己にも理解出来た。


あの日父上はどんな思いで、私に母上を託されたのか、其れを思うと、今でも胸が締め付けられる。


私は最後に父上から戴いた、黄金の指輪を胸元から取り出した。


『青馬、これを私と思うて肌身離さず持っておれ、この先お前が進むべき道に迷うた折、苦しむお前を導く助けになるやもしれぬ。』


『そしてもう一つ、この小さい方の指輪はお前の未来の花嫁に、いつか其の時がきたら、渡して差し上げなさい。』


『いつかお前と共に参りたかったが・・・、』


最後に申されたお言葉の意味は解らなかったが、以来私は其の二つの指輪を肌身離さず持っておられる様に革紐に括り、常に身に付けておった。


私は其の指輪を手に取り、この国のどこかにおられる筈の父上に向けて、


『父上、父上お許しください、母上は、母上は私の為に・・・、』


私は遥か彼方におわす父上に向かうて、漆黒の闇の中、許しを乞うた。


其の時突然、其れ迄闇に覆われておった雲間から、明るい満月が顔を覗かせて、月の光が黄金の指輪を照らした。


すると、まばゆい月の光を浴びた黄金の指輪から、一条の光が、まるで私を導く様に真っ直ぐに伸びて、其の行く手を煌々と照らしたのだった。



◇◇◇◇


 私は其の光に導かれるままに、更に森の奥へと進んで行った。


どれ位歩いただろうか、足元も見ずにひたすら前を向き光を追っていた私は、何かの蔦に足を取られて思い切り転んでしまうた。


身体中強くぶつけた私は、暫く起き上がる事すら出来なかった。


其れでも歯を食い縛って何とか起きたのは、一重に、自分を捜しておるだろう屋敷の者達から逃げたい、其の一心だったと思う。


うつ伏せに突っ込む形で倒れ込んでおった私は、幾重にも鬱蒼と生い茂った野草を見事に押し潰しておった。


そうして起き上がった私の目の前に、この洞窟の細い入口が開けておったのだった。


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