~四十六の巻~ 答え
【解ったなら直ぐに教えよ】
セイの声が、急に耳に甦った。
初めて出逢うた日の事を申しておるのだと、漸く思い至った。
途端に又頬が火照り鼓動が速くなる。
あの折、私が、又お会いしたいと申した理由・・・。
其の答えを、解ったら直ぐに教えよとセイは申した。
其れを今尋ねておるのだ。
然し其れを考えようとした途端、何故か又胸がドクンと痛み、苦しくなる。
『其れ・・は、まだ、解りま・・、せぬ・・が・・・。』
俯いて、火照った頬を押さえながら、ぼそぼそとそう答えると、
『はぁ~。』
と、一つ大きな溜め息を吐いて、
『やはり、な・・・。』
『そんな事だろうと思うておった、やはり、まだまだ赤子だな。』
『では私があちらに行っておる故、珠も衣を脱いで此れでも羽織っておれ。』
『今の時季なら乾く迄、然程掛かるまい。』
『着替え終わったら声を掛けよ。』
『えっ?セイ?待っ・・、私は赤子では・・・、』
待ってと呼び止める間も無く、
全くいつになる事やら、と再度大きく溜め息を吐きながら、セイは其のままさっさと歩いて行ってしまった・・・。
『セイ・・・!』
◇◇◇◇
セイが手渡してくれた其れは、驚いた事に暖かそうな毛皮だった。
ただ頭から被るだけの何の飾り気も無い貫頭衣だったが、取り敢えずの衣には十分だ。
私がセイの方を見ると、丁度窪みに入って行ったところだったので、束の間迷うたが、意を決すると、思い切りよく衣を脱いで、毛皮を被うてみた。
男の方用と思しき其の衣は、私が着るにはかなり大き過ぎて、其れが幸いして(?)か、本来なら上半身だけ覆う筈の毛皮は、私の全身をすっぽりと包み隠してくれた。
ただ首まわりがかなり大き過ぎてダボダボだ。
其れを己の腰紐を結ぶ事で何とか調整すると、
(暖かい!!!)
かなり滑稽な姿の様な気もするが暖かいので良しとしよう!
私は自身を包み込む様に胸のところで両の手を交差し一息吐くと、急いで衣をセイが広げた茣蓙の横に並べて広げた。
囲炉裏の火もすっかり勢いを得て、辺りを暖めてくれておる。
私は、私の為に何も羽織らずに場を外してくれたセイを呼ぶべく、急ぎ窪みに向かうた・・・。
◇◇◇◇
其の窪みを覗くと、ちょっとした広さだった。
そして端の方に、盛り土されてこんもりと半円形に盛り上がった山が三つ並んであり、セイは其の内の一つの前に座して、手を合わせておった。
『セイ?』
私が呼び掛けると、
『ああ、済まぬ、呼んでおったか?』
そう申して立ち上がった。
『此処は、そのう、もしかして・・・、』
私が何と申して良いか判らず言葉に詰まっておると、
セイは頷いて、
『ああ、墓だ。』
『恐らく此処に太古の昔に住まうておった家族の墓だ。』
(えっ?太古の?)
私が遥か昔のお墓だと知り、何と申して良いか判らず戸惑っておると、
『ぶっ、』
『あははは!』
突然セイが私を見て吹き出した!
失礼にも程がある!!!
『此れは此れは、又随分と、凄い・・事になったな。』
『し、仕方ありませぬ、大人の男の方用なのですから!』
ぷいと横を向き口を膨らませてそう申すと、
『あははは、然れど此れは何とまぁ、丁度すっぽり収まったではないか!』
まるで誂えた様だと笑いながら、
『良し、然らば此処は冷える、火の傍に戻ろう。』
セイがそう申して戻ろうとするので、私は慌ててセイの傍に駆け寄り、セイがしておったのと同じ様にお墓に手を合わせた。
◇◇◇◇
『珠・・・。』
『ありがとう。』
私が礼を申すと、珠は私の方を振り返って申し訳なさそうに、
『次回はお花を摘んで参ります。』
と、はにかんだ笑顔を見せてくれた。
(珠・・・、お前と居ると、どんなに心が荒んでおっても、温かい気持ちを思い出せる・・・。)
私は珠を後ろから思い切り抱き締めたい衝動を必死に抑えた。
まだ幼い珠を怖がらせたくは無いのだ。
(其のままで良い、其のままで良い故、早く、早く大人になってくれ。)
(そして・・・、早く答えを見付けてくれ!)
私達二人に残された時は、残り僅かなのだから・・・。




