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~三十九の巻~ 釣り

 糸を垂れる場所を思案しておったセイが、この辺りが良いと私を手招きした。


私は言われる儘に隣に座り、釣糸を垂らしてみた。


セイは集中しておるのか、釣糸をじっと見つめて微動だにしない。


私は正直余り集中出来ずに、寧ろこの静けさが落ち着かず、視線をきょろきょろ彷徨わせておった。


するとセイが、


『・て・・る』


小さな声で何かぼそぼそと申したが、私には聞き取れなかったので、隣を見てもう一度申してくれるのをじっと待っておると、


『引・い・て・る、と申しておる!早く上げよ!』


と私の釣糸を何度も指差して申すので、私が釣糸に目をやると、確かに激しく浮き沈みを繰り返し暴れておるではないか。


私は慌てて立ち上がり、必死に釣竿を上げようとしたが、下に引っ張る力が予想以上に強くて、逆に体をとられてふらついてしまうた。


『危ない!』


よろけかけたすんでのところを、セイが立ち上がって間一髪で私の体を支えてくれたお陰で、何とか事無きを得た。


そして其のまま引き上げるのを手伝ってくれたのは有り難かったのだが・・・、


私の背後にぴったりと立ち、私の体をまるで包み込む様に後ろから手を伸ばして、私の手に自身の手を重ねて釣竿を持つセイは、


『よし、上げるぞ。』


耳元でそう申すと、腕に力を込めて足を少し屈めて体を反り、私の手の上からぎゅっと釣竿を握りしめた。


右肩に顎を載せたセイの息が私の右頬に掛かる。


背中に感じたセイの体は熱くて、少し汗の匂いがした。


『ほら、引け。』


セイの息が掛かる度に、私の耳はくすぐったい様な、むず痒い様なおかしな気持ちになる。


『ほら、早く致せ!』


セイが更に体全体に力を込めて引き上げようとしてきたので、後ろから強く抱き締められる形になった私は、最早完全に釣竿から意識が逸れておった。


力を全く入れぬ私に、


『何をしておる!早く引けと申しておる!』


大物だぞ、と腰を使って益々私の背中に密着してきたセイの中から抜け出ようと、いつの間にか私は必死に藻掻いておった。


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