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~三十四の巻~ 歌

 (まただ・・・。)


(心の臓が痛い・・・。)


途端にドクンドクンと鼓動が早鐘の如く激しくなってきて苦しくて仕方がない。


(此れは何かの病なのだろうか?)


胸を押さえて蹲ってしまうた私に気付いた笹野が、


『姫様!如何なさりました?ご気分がお悪いのですか?何処かお苦しいのですか?』


と慌てて近寄って来たが、私にも解らぬ。


私はただただ首を振り、


『胸が・・・、痛むのです・・・。』


『胸?心の臓でござりまするか!直ぐに屋敷に戻り、誰か呼んで参りましょう!』


更に慌てる笹野に、首を振り、


『違うのです、良いのです。』


と繰り返しながら、この胸の痛みが何なのか、この激しい鼓動が何なのか途方に暮れておった・・・。



◇◇◇◇


 すると、笹野の張り詰めた声に青馬様が反応されて目を開けられた。


『如何致した?何処か痛むのか?』


『いえ、大した事では無いのです、申し訳ござりませぬ、折角お休みになられておられましたのに、お騒がせして・・・。』


私が慌てて青馬様の方に向き直ると、私を心配げに見つめる青馬様と目が合うた。


『胸を押さえておったではないか、苦しいのではないのか?』


然れど不思議な事に、先程迄ドクンドクンと音を立てて激しく波打っておった鼓動は急速に収まり、真に平常に戻りつつあったのだった。


『いえ、もう収まりました、大丈夫です。』


『真か?其れなら良いが、心の臓の病という事もある、一度医師に診て貰うた方が良いやもしれぬぞ。』


『はい、ありがとうござります、然れど斯様な事は今迄一度たりとも無かったのですが・・・。』


『身体の造りは大きく成るに従うて変わると申す、気を付けるに越した事は無い、何かあれば皆が悲しむ。』


『はい、ありがとうござります、お言葉胸に刻みまする。』


私の様な知り合うたばかりの者にも、斯様に気遣うてくださる青馬様の真摯なお言葉は、優しく私の心に響いて、恐らく皆様に同じ様にお優しいのだと己の心に必死に言い聞かせたが、其れでも私は、嬉しいと騒ぎ立てる気持ちを、止める事が出来なかった。


すると突然私の頭にすとんと一首舞い降りて来た。


《風香る、青き美空にたゆたうて、彷徨う心、月は導く》


然れど、とてもでは無いが、恥ずかしくて青馬様にお聞かせする事は出来なかった。


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