~十の巻~ 互いの事情
『何のお構いも出来ず、申し訳ありません、此処には私以外の者は余り近づかぬものですから。』
『特に今日は花見の宴で、人手は殆どそちらに掛かり切りですし・・・。』
漸く私の笑いも収まって、一息吐いたところで、其の御方は申し訳なさそうに仰られた。
『いえ、其の様な事は・・・。』
『其れよりも、私の方こそ申し訳ござりませぬ、貴方様も宴を抜けてお出でなのでござりましょう?早く戻られた方が・・・。』
私が心配になってそうお尋ねすると、
其の御方は今迄とはご様子が一転し、渋いお顔をなされて、
『いえ、私は宴に向かう途中でこの玉を無くしてしまい、其れからずっと捜しておりましたので。』
『元々ああいった席は好みません。』
『今日はやむを得ず出席せねばならなくなりましたが、ご挨拶だけで、早々に退席させて戴くつもりでおりました。』
『ちらりと顔さえ出せば、義理は立つでしょう。』
などと仰せになられたので、
『そうでござりますか?』
と私が曖昧にお返事申し上げると、
『今更ながらで申し訳ありませんが、貴女はもしやお迷いになられたのではござりませんか?』
『私は己の事に気を取られて、ご厚意に甘えておりました、直ぐにご案内致しましょう。』
と立ち上がろうとなされたので、
私は慌てて、
『いえ、私もあの様なお席が不得手で疲れてしまいまして、静かに休める処を捜しておりましたところ、あの四阿に辿り着きました。』
斯様に申し上げると、
『其の事を右大臣殿はご存知なのですか?』
と仰せになられた。
私が驚いて瞠目しておると、
『ああ、申し訳ありません、実は皆様がお出でになられるところは、遠方より拝見しておりました。』
右大臣殿とご一緒にいらしたので・・・。
『右大臣家のご息女で有らせられますね?』
『はい、父とは逸れてしまいまして、私が抜け出した事は、恐らく父は存じませぬ。』
すると其の御方は唐突に、
『貴女は本日の宴の真の目的を、ご存知でいらっしゃいますか?』
と仰られたのだった。




