転生令嬢、少年を拾う。
基本読み専です、なのでちょっと書くの慣れません(笑)
続編あるかもしれないし…ないかもしれない←
暇でしたらどうぞ( *・ω・)ノ
ヴェインローゼ・ズィルバーン。
―――それが、今世での私の名前だ。
***
今世での、といった理由は至極単純明快である。
私には前世の記憶と呼ばれるものがあった。
成長するにつれて自然と、ページを一枚ずつ捲る様によみがえってくる記憶。
最初は正直混乱した。訳が分からなくて取り乱した。
でもその頃、既に私は年不相応な冷静さを持っていたために親に泣きつくことはなかった。
前世の記憶の事は自分のうちに留めておくべきだと“私”と“前世の記憶”が囁いたのだ。
十歳になった時には、私は前世の記憶の全てを思い出していた。
前世の私の名前は美咲真白。日本という国で生まれ育った、十六歳。美咲真白は十歳の頃病気を患い、余命を宣告された。担当医師に、「君はあと六年間しか生きられません」と告げられたのだ。
最初の一年はふてくされた。自分があたかも誰よりも不幸な子なのだと言わんばかりに周りの大人たちを困らせた。でも自分の顔を見て涙をこぼす両親に、自分は悲劇のヒロインに陶酔していただけだったことに気付く。
少し落ち着いて考えてみれば、自分よりも早くに死んでしまう子もいる。自分にはあと数年の余命が残っていると、早くに知ることが出来たのだから、自分はまだ幸せな方だったのだ。
残された余命を無駄にはしない。そう決めてからは、自然と笑顔になれた。
趣味のアニメ鑑賞に時間を費やした。体調が良ければリハビリも頑張った。同室のおばあちゃんと折り紙をして遊んだりもした。学校に通えないのは辛かったけど、入院する前に友達になった子は時々遊びに来てくれた。いろんなことを教えてもらって、沢山笑った。
そして余命宣告から六年。私の身体は指一本すら動かせないほどに弱り切っていた。心音を刻む機械音がどんどんと遠のく。友達は泣きながら私を見つめていた。両親は私の手を握り一生懸命話しかけてくれた。
迫り来る死を鮮明に感じ取りながらも、不思議と恐怖はなかった。ここで私の、美咲真白の人生は終わる。
思えば、なんて親不孝な娘なのだろう。内心自嘲する。泣かせてばかりだ。両親も、友人も。
それでもこの十六年間の思い出を彩ってくれた人たちだ。
だから最後の力を振り絞って唇を動かす。
「あ…りが…と…ぅ」
心音を刻む機械音が、乱れた。一際強く握られた手の温かさに自然と涙が頬を伝う。
音が、遠のいていく。世界が、闇に包まれていく。
大丈夫。怖くないよ。少し眠るだけ。おやすみなさい、真白。
――――――うん、おやすみなさい、皆。短い時間だったけど、一緒に生きてくれて、ありがとう。
***
これが、前世の私の最期の記憶。そして私は転生した。ヴェインローゼ・ズィルバーンに。
流れるような銀の髪、透き通るような紫水晶の瞳。
小さな卵型の顔に精密に配置された様々なパーツ。
完璧な造形は、まるで人形のような無機質めいた美しさを孕んでいた。
けれどその顔に表情は欠けていた。それがさらに、無機質な美しさを際立たせている。
自分の顔だ。けれども、どこか他人事のように感じてしまうのは前世の記憶がある故の弊害なのか。
私の感情は前世の記憶に囚われたまま、過去に置いてきてしまったらしい。
無気力、無感動、無関心。今世の事に興味を示すことが出来なくなってしまっていた。
今の両親を両親だとは思えない私は、なんて冷たい娘なのだろう。でも仕方がないではないか。私は前世に縛られたまま、身動きがとれずにいる。私の時間は、あの時、美咲真白が死んだその瞬間から停止している。
無欲である事。それは必ずしも褒められることではない。
無欲はつまり、無関心。何を与えれば喜ぶのか、何をすれば笑うのか。今の両親は大いに戸惑っているであろう。
扱い方が分からないから、自然と距離が生まれていく。
それでも、両親は諦めてはいないようだ。出来うる限りの接触を図り、会話をしようとしている。
今回の旅行も、その一環だった。
隣国に足を伸ばし、親子で贅沢な三泊四日の旅行である。
楽しかったか、と訊かれれば、更に知識が広がりました。と返す程度の感想だ。つまらないわけでもないが、楽しかったわけでもない。今の私にあるのは、将来の為に知識を身に着けなければいけないという義務だけだ。
今更だが、ズィルバーン家はディルゼル国に忠誠を誓う公爵家である。
当主の座は男性であれ女性であれ無差別である。優秀なものが当主になる。簡単な決まり。
だが現在のズィルバーンの本家は、私以外に子供がいない。分家に継がせる可能性も無きにしも非ず、だが、父はどうやら私に継がせるつもりのようだ。別に反抗するつもりはない。
敷かれたレールの上を只々歩くだけ。指示されたとおりに行動する。こんなに楽なことはない。
顔だけが良いだけのお人形だと笑った人がいるが、それは大きな間違いだ。
確かに顔は良い。否定はしない。だが私はお人形ではない。自分で考えることが出来る。意欲こそないものの、命じられればズィルバーン家にとって良いと思うことをやるだろう。だからお人形ではない、筈だ。
ぼんやりと思考を纏めていると、がたんと一際大きく馬車が揺れた。
旅行の帰り道である。森の中を通って帰るのだが、如何せん悪路が多い。木を切って石を退かしただけの道。
思考が乱れてしまったので意識を目の前に座る父に向ける。
「陽が暮れたか……」
馬車の窓から外を眺めていた父が呟いた。屋敷まではあともう少しかかりそうだ。暗くなってしまえば、悪路ではなかったとしても馬車にとっては通りにくい道となる。
本は読めない、思考をすれば馬車の揺れで乱れる。することがなくなってしまったから、父と同じように私も窓の外を眺めた。
真っ暗、とまではいかないものの、充分暗い。心なしか冷えてきた気もする。
肩掛けを羽織ろうと視線を横にずらす。
その時だった。
視界の隅で、何かが動いたような気がしたのは。
思わず視線を元に戻し、その場所を食い入るように見つめる。
また、だ。動いている。確かに何かがそこにいる。動物?二足歩行をしているように見える。ではあれは、熊?
いやあれは…、
「子供、だわ」
小さな影がふらりと消える。倒れたのだろう。
普段の私なら父と母にこのことを伝え、判断を待つだけだが、この時ばかりは違った。
父と母に馬車を止めるように伝え、御者が馬車を止めるが否や、自分で扉を開いて馬車から降りた。
後ろから戸惑ったような両親の声が聞こえてくるが、それを無視して走る。
ドレスが邪魔だった。足がもつれそうになる。それでも懸命に走り、子供のところまで向かう。
息を切らしながら立ち止まった。自分と同じくらいの身長の男の子だ。暗くてよく見えないけれど、恐らく間違いはない。
「ねぇ、聞こえる?」
うつぶせの身体を回転させ仰向けにする。いまいち顔が見えない。けれど瞼が開いたような気がした。
「だ、れだ…」
子供特有の高い声。喉が渇いているのか掠れきっていた。
思わず息を飲む。男の子が発した声が、耳から流れ込み体中に浸透していくような感覚に眩暈がした。
今の自分の状況が把握できない。どういうことなのだろう。
「大丈夫、悪いようにはしないわ」
深く考えている暇はなかった。取り敢えず今は、この少年を馬車へと連れていくことが先決だ。
追いかけてきた父は、何も聞かず私に明かりを持たせると少年を抱え上げた。
父は恐らく私の変化を感じ取ったのだ。
無気力、無感動、無関心。そんな私が、自ら助けに向かった少年。
私に良い変化をもたらすのではと考えたのだろう。きっと、父はこの少年を救ってくれるに違いない。
薄汚いと蔑むような人じゃないのは分かっている。手当をするだけして放りだすようなことはしないはず。
というか、私が、絶対にさせない。
馬車へと戻り、父は少年を私の隣に座らせた。母は小さく微笑んでいた。察しの良い両親だ。
意識がないのか不安定に揺れる少年の腕を引き、そっと自分の膝に少年の頭を乗せる。
小さな少年が横になれるだけのスペースはあるのだ。公爵家の馬車はやはり大きい。
明かりによって露わになった少年の顔は目を閉じてもなお美しかった。心なしか細い気もするけれど、とても綺麗な顔。柔らかな黒髪をそっと撫でる。少年の前髪を静かに払いながら、私は知らず知らずの内に笑みを零す。
とても美しい少年だ。将来は端正な顔の美丈夫となるだろう。
少年の瞼が微かに震えた。
瞼に隠された瞳がゆっくりと露わになる。
髪の色と同じ黒瑪瑙の瞳はぼんやりと宙を彷徨い、やがて、私を捉えた。
笑みが、自然と深くなる。
子守歌を歌うように優しく、私は少年に声をかけた。
「今は、ゆっくりと眠りなさい。次に目を覚ましたら、その時は……」
瞳を手で覆い、瞼を閉じさせる。
妖しい魅力を孕んだ黒瑪瑙が瞼の内に隠れてしまったのは残念だが、疲労が残る身体を休めさせるためだと自分に言い聞かせる。
無欲だった筈の私はきっともうどこにもいない。過去に忘れてきたはずの感情が、戻ってくるような気がした。
この少年が欲しい。
どうしようもなく、彼が欲しい。傍にいてほしい。話をしたい。一緒にお茶を飲んだり、勉強をしたり。
したいことが沢山あるのだ。
だから、貴方が、次に目を覚ましたその時は…。
「決して破られることのない、絶対の約束を結びましょう」
***
「ここは、どこだ」
ベッドから上体を起こした少年が、優雅に紅茶を口にする私を睨み付けた。
カップを静かに置き、私は姿勢を正す。
「三日よ」
少年を見据えながら口を開いた。
「…は?」
「三日間。貴方はずっと眠り続けていた。あの森で倒れ、私の馬車に乗せられたのを覚えているかしら。それから三日。つまり七十二時間、貴方は目を覚まさなかったのよ」
「……つまり貴方が、俺を助けてくれたのか」
「そうなるわね」
黒い髪に、黒い瞳が、陽の光を受けてキラキラと輝く。
「ねぇ、少年。どうしてあそこにいたの」
「……黙秘する」
「あら、そう。では、貴方、どこか行く宛てはあるのかしら」
少年の鋭い眼光が揺らいだ。
「……正直に言うと、無い。俺が倒れた森はディルゼル国のすぐ近くだったはず。ならばここはディルゼル国か」
「正解よ。ここはディルゼル国の王都、ズィルバーン公爵家の屋敷」
「ズィルバーン公爵家…!」
「ヴェインローゼ・ズィルバーン。それが、私の名前。少年、貴方の名前は?」
「…名乗れない。名乗ってしまえば、俺は、」
少年は唇を強く噛んだ。やむにやまれぬ事情があるようだ。
―――“好都合”だ。
「貴方には何も、ないの?名乗れる名前すら、貴方は持っていないの?」
黒い髪、黒い瞳。シュヴェイル帝国の民の特徴と一緒。皇族も平民も皆、黒い髪に黒い瞳を持つ。帝国の血が濃いほど、皇族に近しい存在となる。
「その様子じゃ、帰るところも、行くところもないのね」
つまり少年はシュヴェイル帝国から、逃げてきたのだろう。
「お金もない貴方は、この先どうするつもりなのかしら」
理由は?―――そんなの、どうでもいい。
「ねぇ、少年。帰るところも、行くところもない。貴方には、何も無い」
私は、彼が欲しい。彼さえ手に入れば、それでいいの。
「そうでしょう?」
「…何が、言いたい」
図星だったようだ。鋭く私を睨み付ける少年に、甘く優しく微笑みかける。
彼の瞳には涙が溜まっていて。決壊寸前のようだった。
安心して。これで、最後だから。貴方を追い詰めるのは、貴方の心を崩す言葉は、これで最後。
「―――私のモノにならない?」
例え何も持っていなかったとしても、私が欲しいのは貴方自身。
お金も、地位も、かつて持っていたもの、全部要らないわ。
―――――貴方を、私に頂戴。
ね?いいでしょう?
茫然と固まる彼の頬に右手を添える。ゆったりと撫ぜながら、首を傾ける。
刹那、ぐるりと視界がまわった。
一瞬の出来事だった。
彼の顔がくしゃりと歪んだかと思うと、添えていた右手を掴まれ強く引っ張られる。
いつの間にか目の前には涙をこぼす彼の顔。その背後には天井が見えた。
「嫌だ」
泣きながら、彼は言葉を紡ぐ。
「嫌だ、嫌だ。絶対に嫌だ。何も無いのは、嫌だ。そんなの、絶対に嫌だ」
ぽた、ぽたと頬に落ちてくる水滴。
泣いた顔も、すごく綺麗だった。
嗚呼、こんな綺麗な貴方を手に入れられないのは、残念だけれど―――。
「お前のものになる」
逃がしてしまったと思っていたものが、私の手の中に入ってきた。
彼は驚きに目を見開く私の髪を無造作に掴み、自分の口許に持っていく。
「お前のものになるから、だから――――――お前を、俺に頂戴」
狩人のように鋭く光らせた目が私を射ぬく。
私の髪にそっと口付け、彼は叫んだ。
「俺が欲しいのなら、くれてやる!だから代わりにお前を寄越せ!お前だけ手に入れて、俺だけが何もないなんて、そんなの許さない!お前は、俺のモノだ……!」
彼の慟哭は私の心を震わせた。
あは、嬉しいなぁ……うん、いいよ。あげる。私をあげる。
手に入れた。身も心も綺麗な少年。泣きながら私を求めるこの少年は。
―――他の誰でもない、私のモノ。
身体を起こして彼を抱きしめた。耳元で、うっそりと、囁いた。とびきりの、甘い声音で。
「貴方は私のモノで、私は貴方のモノ。ぜぇったいに、他の人にあげては駄目よ?」
彼の腕が私の背中にまわった。逃がさない、放さないと言わんばかりに強く抱きしめられる。
だから私もそれに答えるように腕に力を込めた。
ヴェインローゼ・ズィルバーン。
それが、私の名前。
美咲真白の新しい名前じゃない。私の、名前だ。
魂は同じだけれど、私はヴェインローゼ・ズィルバーンで、美咲真白じゃない。
美咲真白の人生は終わり、ヴェインローゼ・ズィルバーンの人生が、ようやく始まるの。
前世に忘れてきたモノ。きっと彼といれば、自然と手に入るだろう。
結ばれた約束は強固な鎖で縛られ、決して破られることはない。
***
七年後。
私と彼は十七歳になった。
高校二年生の私達は、ある学園に通っている。
今日は入学式。
「ちょっと!なんで二人で仲睦まじく登校しているのよ!?彼が転校してくるのはまだ先でしょう!?これじゃあイベント通りにいかないじゃないっ。どういうことよ!もしかして貴方、私と同じで神様に転生させてもらった人間なわけ!?」
何故だかすぐ近くでキャンキャンと吼える声が聞こえる。煩いけれど、彼は気にしていないようだから、私も気にしない。言っている内容は正直意味不明で、私は放っておくことにした。
ローズ、と彼が私の名前を呼んだ。笑みを浮かべて、何?と首を傾ける。
―――何年経っても、彼は相変わらず私のモノで、私は彼のモノだった。