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ねこまと飛鳴

作者: 五九七郎

晴れた空を一匹の蜂がゆっくりと飛んでいる。

その斜め後ろには、脚が足りない小さな雀が一羽、ヒョロヒョロと頼りなさげに飛んでいた。

一匹と一羽は楽しそうに話し、時折、戯れるかの様に絡みながら飛んでいく。



ねこま、は一匹の野良の蜂だった。

仲間も居ない、友達も居ない。

居るのは強敵と書いて友、と読む切磋琢磨するライバル達だけだった。


人の住む街、小さな草原、深い森。

蟷螂や蜘蛛と戦い、花の蜜を吸う。

他の、群れと一緒にいる蜂達と喧嘩はしないよう、あちこちを旅しては塒へと帰る日々を過ごしている。


その日々は充実していた。

色鮮やかで美しい景色に、美味しい花粉。

強い敵達と戦うことで自分が強くなっていることを感じ、更に高みを目指す。


そんなねこまにある日、ひとつの出会いがあった。

雨の中、一休みしようと街路樹のうろに入り込んだところに先客がいたのだ。



「やあ、蜂の人。襲う意思はないから雨宿りしていかないかい?出来れば何か楽しい話が聞けると嬉しいんだけどね。」


怪しい。ねこまは警戒心を露わにし、羽で威嚇した。

それを見て、慌てたように雀は更に口を開いた。


「だから、こちらには襲う意思はないよ。私には人間達がパンくずをいつもくれるからね、お腹は減ってないんだ。」


ねこまはまだ警戒してはいたものの、威嚇は止めることにした。

雨の中ずっと飛んでいて疲れていたのもあったし、実際によく人間達が雀達に餌をやっているのをよく見かけて知っていたから、雀の言うことも強ち嘘では無いのだろう、と思ったからである。


「ねぇ、見ての通り、私は体が不自由でね。飛べるには飛べるんだけど、片方の翼は小さくて動かしづらいし、片足もないんだ。だから、あちこち遠くまで飛んで行って景色を見たりする事が出来なくてね。蜂さん…あなたのよく飛んでいるところの話を聞かせてくれないかな?」


そうだな、とねこまは素直に話し始めた。

街の中の事は言わなくてもいいだろうと、街の近くの草原の話を始めた。


春先に最初に新芽を発見した時の喜び。

初夏の透き通るような日差しを受けた葉の美しさ。

秋に響くコオロギや他の虫たちの合唱。

空気の綺麗な冬の空に輝く星達の美しさ。

朝日に煌めく夜露を口に含んだ時に感じる甘露さ。


ねこまの物語を、雀は目をキラキラさせながら聞き入った。

訥々と話すねこまに雀は時折相槌を打ち、巧く話を引き出していく。

ねこまも気持ちよく語り、気が付けばすっかり雨は上がっていた。


雨も止んだし、そろそろ行く。

ねこまがそう告げると、雀は残念そうな顔をした。


「私は、飛鳴ひめいという名前なんだ。…残念ながら名前に負けているんだけどね。よかったら友達にならないかい?」


友達だって?と言うねこまに、飛鳴は頷いた。


「君の話をもっとたくさん聴きたいんだ。君の言葉はとても詩的で、見たことがない外の世界がまるで今自分が見たかのように浮かぶんだ。それはとてもすごいことだよ。」


そうか、まぁまた雨宿りをしなくちゃならなくて、近くに居たらな。

そう言ってねこまは飛び去ってしまった。


残された飛鳴は少し寂しそうな顔をしていたが、すぐに笑顔を浮かべた。


「でも、友達にならない、っては言わなかったね。また来てくれるのが楽しみだよ。」


飛鳴はまだ小鳥の頃、巣から落ちてしまって怪我をし、人間に拾われて育てられた雀だった。

羽は歪になったものの、部屋の中で何度も何度も飛ぶ練習をして何とか飛べるようになった頃、もう大丈夫だろうと空に放されたのである。

人間の部屋の中はそんなに広くも無かったのだけれど、根気よく餌をくれ、部屋に置いてあったテレビからは色々な音や映像が流れていて、それを見ながら育ったのである。

テレビの中には色々な風景が映し出され、外の世界への憧れを飛鳴はとても強くしたが、不自由な体ではそんなに遠くまで飛んでいくことなど出来はしない。

だから、自分では行けないくらい遠い所で見聞きしたことを話してくれる友達が欲しかったのである。



それから、一匹と一羽の交流は地味に続いた。

一週間に一度、二週間に一度。一月開く事もあったが、ねこまはふらり、と訪れてはひとつ、ふたつ、と話をしていった。

飛鳴も、人間の部屋の中で見たことや、普段眺めている街のことなどを語った。

ねこまは興味があるような、無いような顔をしながらも、黙って飛鳴の話を聞いていた。


ねこまも実は話をしたり、聞いたりするのが楽しみになって来ていたのである。

それでも、思い出したかのように言う友達に…という飛鳴の誘いには何も言わずに去っていた。


そんなある日、ねこまはいつもの縄張りとは違う場所へと向かった。

飛鳴にも今度行ってみよう、と話していたところである。

それは、飛鳴にする話を探すという意味合いも含めての行動であった。



そこに待っていたのは、ある一つの感覚だった。

本能には、逆らえない。


濃密な花の香りがする。進まなければ。

いつもなら何回かの戦闘が終われば、連戦を続けていればいつかは負けるから無理はせずに撤退していたのである。


濃密な花の香りがする。進まなければ。

蟷螂の鎌を躱し、針の一撃を叩き込む。痛みに怯んだところを飛び回って背後に回り、もう一撃。


濃密な花の香りがする。進まなければ。

崩れ落ちる蟷螂の向こうから、その体を盾にするかのような形で針の一撃が襲ってくる。同族だろうか。


濃密な花の香りがする。進まなければ。

先端を避けて尾を当てる。弾くのではなく、そっと自分側に誘導する。そうやって相手の体を崩す。


濃密な花の香りがする…。

体制を崩した相手の胴体に針をしっかりと叩き込む。

痙攣する相手を目の端に、まるで操られているかのように体が動いてその奇妙な風景が続く場所を飛んでいく。


濃密な花の香りがする…。

その場所には何匹もの、強敵と認識している虫の種族や小さな鳥たち、最近見かけなかったライバル達の数名がぽつん、ぽつんと佇んでいた。


濃密な花の香りが…。

ねこまはぽつんと空いたスペースに降りると、ライバル達をじっと見た。

微動だにせず、ある一点を見つめているのに気が付いた。


濃密な花の香り…。

見てはいけない。そんな気がした。

だが、本能には逆らえない。

ねこまは、それを見てしまった。


濃密な花の…。

そこには、ただ、ひとつの何かの塊が鎮座していた。

それは、力を追い求める者であれば全ての者が欲するモノであった。

それは、力の塊であった。

それは、強さの象徴であった。


濃密な花の…。

ただ、見つめる。

ねこまに出来るのはただ、それだけだった。

それは、強敵(とも)達もそうだったのだろう。

みんな、憧れるような表情でそれを見ていた。


濃密な…。

気が付けば、どれくらいの時間が経っていたのだろう。

体が何故か殆ど動かない。

何も考える事が出来ない。


濃密な…。

脚を見ると、うっすらと何か半透明な物が全体を覆いかけていた。

体にも、翅にも…。


濃密な花の…。

ねこまは、ふと、飛鳴の事を思い出した。

自分が話す事を嬉しそうに聞く時の笑顔。

最近は少し、寂しそうな笑顔で問う、友達にならないか?という言葉。


濃密な…。

もう、友達じゃないか。照れ臭くて言えないその言葉を、今度は、言わなければ。


濃密…。

ねこまはそれから視線を逸らせない。

ねこまの意識が闇に沈んでいこうとする中、ねこまを影が覆った。


濃…。

「こんな所で何してるんだ!ねこま!!」

…。


「ダメだよ、ねこま、ここに居たら死んでしまう!!」

体が不自由なはずの飛鳴がそこにいた。

さわ、るな、と大部分が覆われたねこまがいうのを無視した飛鳴は、器用に嘴でねこまを背中に放り投げ、細い草で体を縛るとふらふらと飛び上がった。



飛鳴は高く、高く飛び上がると、下で繰り広げられている争いに関係無く、休み休み街へと戻って行った。


いつもの木のうろに辿り着いた時には、ねこまの意識もはっきりとしていた。

疲労困憊でへたり込む飛鳴に、ねこまは素直に頭を下げた。


すまん、助かった。持つべきものは友達だな。

いつも言えなかったが、お前とのひとときがとても大好きで、楽しいんだ。

ただ、今回は助かったが、無理はしないでくれ。

お前が出来ないことは、俺がやる。だって、友達だろ。


「え…。と、友達…?」


しかし、体が思うように動かないってのは大変だな。

お前はいつもこんなに苦労してるのか。尊敬するよ。


「私はずっとだからね。普段はそんなに苦労はしてないよ。」

嬉し涙を浮かべる飛鳴を、ねこまは優しい笑顔でいつまでも眺めていた。







妙にはっきりとした夢を見て、慌ててメモを取ったのはもう一年も前のこと。あまりにおかしい所を直して言葉として起こしたのがこの物語です。蜂なのにねこまなのも夢のままです。

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