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圧縮世界ライガンド  作者: 寝る犬
第一章:黒の武器編
9/12

始まりのヴィタライザー

「やっと捕まえたぞ、純」


 筋肉質の上半身を体にピッタリと密着したスウェットに包み、袴を履いたその姿は、まるで戦いに挑む侍のような風格を宿していた。


蒼紫あおしくん!」


 その男を見て、菜花なのはが喜びの声を上げる。しかし、駆け寄ろうとしたその足は、無表情のまま発せられる蒼紫の気によってその場にとどめられた。

 心細げに胸の前で掌を握り合わせ、彼を見つめる菜花を無視して、蒼紫はゆっくりと純へ近づいた。


「いい加減に虎太郎こたろうの亡霊に囚われるのはやめろ。お前のライガンドプログラムの知識は有用だと認められているのだ。俺と一緒に来い」


「嫌だ」

 机から飛び降りた純は次々とボイスコマンドを呟く。

 しかし、そのボイスコマンドは、純の周りに次々と浮かび上がる〈接続拒否〉〈実行権限無〉〈権限凍結〉の文字に弾き飛ばされた。


「無駄だ、予言の剣(リア・ファル)の名において、今この圧縮空間の〈管理者アドミニストレータ権限〉は無効化されている。……いつまでも子供ではいられないのだ、あまり手間を取らせるな、純」

 蒼紫はリア・ファルを無造作にぶら下げたまま、表情を変えずに立ち止まり、ふと、まるで初めてその存在に気付いたかのように、抱き合ったまま座り込んでいる大雅と撫子へ視線を向ける。

 その表情に初めて僅かな驚きが現れた。


「双葉撫子……虎太郎の妹か」


 わずかに動きの止まった蒼紫の隙を逃さず、純は大雅たちの横へと身を寄せる。

 チラリと撫子へ目を向けると、そのまま怒りのこもった瞳で蒼紫を睨みつけた。


「ああ、そうだ。蒼紫……お前が……」

 光の剣(クラウ・ソラス)を持ち上げ、綺麗な中段に構える。


「お前が殺した、虎太郎の妹だ」

 その言葉に大雅の腕の中の撫子が目を見開く。

 身を硬くする撫子に気付いた大雅は、撫子のおでこに口吻くちづけすると、ゆっくりと立ち上がった。


「なぜです? なぜ撫子のお兄さんを殺したんですか?」

 地面に向けたブリューナクをまだ片手のまま握り直し、そう語られた言葉には、返答次第によっては……と言う無言の威圧が込められていた。


「虎太郎が死んだのは、あいつ自身が望んだことだ。俺のしたことは、最後の一歩をわずかに早めたに過ぎない」

「黙れ!」

 クラウ・ソラスを構えたまま、純が叫ぶ。


「あの時、無理矢理にでも私たちがフェイトを分けていれば、虎太郎は助かったんだ。お前は虎太郎の才能に嫉妬していたんだよ。だからお前は虎太郎にとどめを刺したんだ」


「嫉妬? 違うな。あの天賦の才には嫉妬など抱くこともできん。あいつは俺に介錯を頼んだ。黒の武器に全てのフェイトを吸い取られ、人間以外の何モノかになってしまう前にな」


「嘘だ!」

 叫ぶ純の横で、大雅も同じように戸惑っていた。

 何が本当で、撫子の兄の死の責任は誰にあるのか。大雅には誰もが被害者で、ただ悲しみだけがここにはあるように思えた。


 ふと、蒼紫の唇が歪む。

 その表情は、笑っているようにも、苦しんでいるようにも見えた。


「……だが、あいつが消えて、俺が最強になった事は事実だ。あいつは心が弱かった。他人ひとのフェイトを奪い、自らのフェイトを増やす、それがライガンド(ここ)のルールだ。何をためらう必要がある? 俺のフェイトはもう一万を越えるだろう。明日をも知れぬ生命だったこの俺がだ。あいつもこうすべきだったのだ。あいつは、己に負けたのだ」


 蒼紫は大きく剣を振る。

 その剣の軌跡はゆるやかに空中を渡る一本の線のようであったが、斬り込まれるその瞬間のみ、コマ落としの映像を見るように速い。

 急激に方向を変え、頭上に落ちてきたそれを、大雅はブリューナクを片手で持ったまま受け止めた。


「ほう?」

 黒の武器に振り回されるだけの無力な少年だと侮っていた大雅の、その予想外の力に蒼紫は感嘆の声をあげる。

 相変わらずゆっくりに見える動作で半歩脚を引くと、リア・ファル斜めに構えた。


 純の振り下ろしたクラウ・ソラスが、吸い込まれるようにそこに当たる。

 そのまま剣を少しずらしただけで、追い打ちで突き込まれたブリューナクの剣先も、同じように弾き飛ばされた。


「ここは共闘してくれ、石動くん」


「この状況がっ! 共闘以外のなんなんですかっ!」

 同時に剣を繰り出しながら言う純の言葉に、大雅は答える。

 不思議と息のあった斬撃を繰り出しながら、二人は少しずつ蒼紫を押し返す。

 その危ういバランスを崩してしまいそうで、その3人以外は戦いに手を出すことは出来ずに居た。


 ただ剣戟の音だけが鳴り響いていた空間に、少しずつそれ以外の音が混じり始めたのは、戦いが始まって3分ほど経過した頃だった。

 全力で剣戟を打ち込み、ゆったりとしているようで速い、蒼紫の攻撃を避ける。

 その繰り返しは、圧縮世界内に構築された現実世界とは比較にならないほど強靭な大雅たちの体にも、疲労と言う刃をじわじわと食い込ませてきていた。


 荒い息を吐き、時折よろめきながらも、大雅たちは剣を振るい続ける。

 対する蒼紫は、最初と変わらない表情で、汗ひとつかかずにゆるゆると動いていた。


「お前たちは無駄な動きが多すぎる。自らの精神こころにより手足として使役せん限り、黒の武器を完全に支配することは出来んぞ」

 まるで弟子に稽古を付けるような物言いとともに一閃されたリア・ファルの斬撃を、なんとか受けることが出来た大雅たちだったが、そのあまりの衝撃に机の向こう側まで吹き飛ばされる。

 空中で回転して足から着地した純と、天井にブリューナクを突き刺して叩きつけられるのを防いだ大雅は、腕のしびれに顔をしかめながら、並んで剣を構え直した。


「なんで、あのゆっくりした動きで僕達の剣戟を避けられるんですか」

 蒼紫から目を離さぬまま、苛ついたように大雅は純に質問する。

 呼吸を整えるのに精一杯の純は、チラリと視線を寄越しただけで、答えることは出来なかった。


「蒼紫くんのリア・ファルは『予言の剣』ですう。動きを全て予測されているのに、勝てる訳は無いですよう!」

 友達同士が命をかけて戦う姿をハラハラしながら見つめていた菜花の言葉に、純はだまって頷く。

 そんな武器ズルいじゃないかと大雅は思い、今までの自分の対戦相手も同じことを考えていただろうと思い当たると、少し顔をしかめて手のひらの汗を拭った。


「じゃあ、予言を越える動きをするしか無いですね」

 大雅の子供のような理論に、純は一瞬驚き、唇の端を歪める。それは苦笑だったろうか、それとも若さへの羨望だっただろうか。

 頭上を横薙ぎに掠めるリア・ファルを二人同時に身を低くして躱し、左右に飛ぶ。蒼紫を左右から挟み込むようにして、また連撃の幕が切って落とされた。


「無駄だ」

 蒼紫の言葉を裏付けるように、二人の斬撃は躱し続けられる。それでも諦めずに攻撃を続ける大雅の背後から、朗々とした言霊が紡がれるのが聞こえた。


「根源を刈る無限のやいばよ! 仇なす者に死を与えよ! 死神の鎌(ダグザ・ダーザ)!」


 大雅の背後に透かし見えるさくらの周囲に、黒い霧のようなものが漂い、渦を巻いた霧が蛇のように体中を這いずりまわる。

 突然その霧は実体を持ち、表面積の少ない水着のような鎧を纏ったさくらの体を戒める漆黒の鎖となった。

 鎖の先端はまっすぐ伸ばされた両手の先にスルスルと伸び、やがて凝縮された闇のようなそれは、白い模様と赤い模様の刻まれた巨大な2本の漆黒の鎌として実体化した。


 体を締め付ける鎖に少し眉を寄せ、食いしばった口元から鋭く息を吐くと、4つ目の黒の武器を振るい、さくらが戦いに加わる。


「よせ、無理をすれば黒の武器に飲み込まれるぞ。ダグザ・ダーザの生死を司る力は消し去るには惜しい」

 今までより速い動きで3つの黒い武器を捌き続けながら、蒼紫はさくらに語りかける。その額にはうっすらと汗が滲んでいた。


 頭上に振り下ろされる日本の巨大な鎌を受け流し、軽く腰をかがめて純のクラウ・ソラスを躱す。そのかがめた顔に向かってまっすぐに突き出された大雅のブリューナクを剣をあげて受けようとしたその時、ダグザ・ダーザから伸びた黒い鎖が絡みつき、蒼紫の動きを一瞬遅らせた。


 空中に、鮮血が飛び散る。


 蒼紫の頬に浮き出た赤く細い線は、膨れ上がるように太い線となり、その白い顔を朱に染めた。


 嵩にかかって3人は黒の武器を繰り出す。腕に、胸に、大雅のブリューナクは、蒼紫の体に幾筋もの傷を刻みつけていく。しかし致命傷を与えることは出来ないまま、時間だけが過ぎていった。


「図に乗るな!」

 何度目かの傷を体に受けた蒼紫が、裂帛の気合とともにリア・ファルを薙ぎ払う。そのスピードはもはや目で認識できる速度を超えていた。


 まずさくらの肩から血が吹き出す。肩の鎧が吹き飛び、肌があらわになると、一歩退いた後床にへたり込む。既に限界以上に戦っていたさくらは言霊をつぶやき、ダグザ・ダーザを戻した。

 ほぼ同時に純の脇腹に半径1cm程の穴が空く。よろめいた純は机に両手で寄りかかり、クラウ・ソラスは床に転がったが、それを拾う力も純には残っていなかった。


 最後に、大雅のこめかみが弾け、鮮血が飛び散る。

 崩れ落ちた大雅にゆっくりと近づいた蒼紫は、ブリューナクを持つ大雅の左手を踏みつけると、頬の血を拭った。


「傷つけずに実力差を思い知らせてやろうかと思ったが、もうやめだ。貴様らは自身と相手との差も測れないマヌケだ。そんな奴らに黒の武器を扱う資格はない」


 蒼紫はリア・ファルをくるりと回し逆手に握る。

 何の表情も顔に浮かべぬまま、床に転がる大雅の右肩へとその黒い剣を突き立てた。

 大雅は声にならない叫び声をあげる。その表情を確認した蒼紫は、数秒待ってから剣を引き抜いた。


「黒の武器を譲渡しろ。我々オーディンは黒の武器を持たぬ貴様らには関与せん」


「撫子の……お兄さんを殺したあなたに……渡す気は無い……」

 その返答に眉一つ動かさず、蒼紫はもう一度大雅の肩に剣を突き立てた。骨の砕ける音が響く。蒼紫は大雅の表情を確認すると、今度は少しひねりを加えながら剣を引き抜いた。


「強大な力に反抗するのは構わん。理解は出来んが、それが若さというものだろう。だが、結果は変わらんのだ。それはただ痛みと恐怖を持続させるだけの行為だぞ」


 引きぬいたリア・ファルを今度は大雅の右掌に突き立てると、蒼紫はため息を付いた。

 その横顔に向け、突如3本の矢が飛来する。蒼紫は開いた手で無造作にそれを掴むと投げ捨てた。

 矢の後ろ、矢と同じ速さで蒼紫に突撃する白い鎧の人影は、その手に鎧とは正反対の黒い色をした剣、クラウ・ソラスを握っている。

 大雅の掌から抜き放たれたリア・ファルが寸前で弾き飛ばしたが、蒼紫の腕にはもう一つ傷が増えていた。


「大雅を……お兄ちゃんを……許さない!」

 白い鎧に長い黒髪と黒い剣。そこにはクラウ・ソラスを構えた撫子が立っている。

 蒼紫の視線が机に突っ伏したままの純を確認し、もう一度撫子に戻った。


「ほう? 譲渡も受けずに他人の黒の武器を扱えるとは……創りだした虎太郎と血縁があるからか? 虎太郎の妹……面白い」

 踏みつけていた大雅の腕の上から、ゆらりと撫子に向かって歩き始めた蒼紫の唇は引きつったように歪められ、その表情は笑っているようにも見えた。


 気合を込めて、撫子は何度も蒼紫に斬りつける。しかしその姿は、始めの頃の大雅の姿に似て、まるで武器に振り回されているかのようだった。

 何合か打ち合った末、蒼紫は急激に興味を失う。


「それだけか? 血縁があっても所詮は使えると言うだけの事か? 結局、虎太郎のあの力は戻っては来ないと言う事……か」

 短く嘆息すると、素早く重い一撃を袈裟斬りに振り下ろす。

 撫子の振り上げたクラウ・ソラスがその勢いを減じはしたが、深い傷が右肩から左の腿まで、真っ直ぐに鎧を切り裂いた。


 悲鳴を上げて吹き飛ぶ撫子を回り込んだ達臣が受け止める。

 深い傷をおった撫子をそこに寝かせると、達臣は二刀を構えた。


「まさか黒の武器も持たない貴様が向かって来る気では無いだろうな?」

 あまりにも素早い剣撃は、刀身に血糊すら付いていない。

 光すら吸収しているかのように黒いその刀身を引っさげて、蒼紫は一歩踏み出した。


「それ以外俺に何が出来る?」

 達臣は、どうしても友人と刃を交える決心がつかないまま立ち尽くす菜花にチラリと目をやり、蒼紫を睨みつけた。


「黒の武器を譲渡するように説得するのが賢明というものだ」


「生憎と俺は賢明なんて言葉とは無縁なもんでな」


「ならば、殺してやろう」


 無表情のまま死を告げる蒼紫の背後に、ゆらりと黒い影が立ち上がる。

 右腕は付け根を大きくえぐられてダラリとぶら下がり、こめかみから流れ出した血で顔を朱に染めた大雅の姿だった。


「撫子……」

 そうつぶやいた大雅が、ブリューナクもろとも一本の黒い槍のように低空から蒼紫に向かって突っ込む。

 リア・ファルで受け止めたその交点からは、まるでグラインダーで鉄を削ったような火花が散った。


「ぬ……う」

 思わず声が漏れる蒼紫の顔に、今までのような余裕は見られない。予言を元にしたゆっくりした動きではなく、本来の剣術の動きで、何度も打ち込まれる大雅の剣撃を何とか押しとどめる。

 余裕を持って反撃をしないのではない。今の蒼紫は、大雅の剣を受け止めるので精一杯だった。


「撫子を……傷つけるな!」


 初めて。


 大雅の黒雷の剣(ブリューナク)が蒼紫の体に深く突き刺さった。

 蒼紫の背中へとブリューナクを突き進める。ついに柄元まで刺し貫くと、蒼紫と大雅は顔を突き合わせた。


 蒼紫が肺の空気とともに血の塊を吐き出す。

 止められないとでも言うように、蒼紫は声を出して笑った。


「いいぞ……石動……大雅と言ったな。俺の生命フェイトを吸って生き延びるがいい。虎太郎のように、俺を……楽しませろ」

 大雅の手を蒼紫が両手で掴み、ブリューナクで更に自らの傷を広げる。


神々の黄昏(ラグナロク)はもうすぐだ。我々オーディンがライガンドの力で世界を喰らい尽くすまで、お前は生きろ。俺が無理矢理に奪い集めたフェイトを使ってな」


 蒼紫は光の粒子となって消えた。

 世界は収縮し、急激に色を失う。


 平和な昼下がりのコーヒーショップに、大雅たちは戻っていた。

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