鈍感ないちこ
「…おじゃまします。まーちゃん。」
「あら、いちこじゃない。こんな夜遅くにどうしたの?」
そう言って私…笹峰いちこを迎えたのは綺麗な黒髪で切れ長の目を持ったあたしの親友、結月雅実。通称まーちゃん。高校から26歳になった今までずっと私と仲良くしてくれている美人さん。
親友とは言いつつも、まーちゃんと私は似通ったところなんてまるでない。私は対して美人でもないし、髪だって染めてパーマかけたりしてたから痛んでばさばさだ。料理が出来たり、裁縫が出来たりする女子力が高いまーちゃんと比べて私の女子力なんて皆無に等しい。性格だってサバサバして姉御肌なまーちゃんと優柔普段で根暗な私とじゃ真逆すぎる。
…そんな私たちだからこそ仲良くできているのかもしれないけど。
「う…夜遅くにごめん。けど、まーちゃん。お願いします話聞いてください。」
「ふふ。いいわよー。…なに?また振られでもしたの?」
そう言って妖麗に笑うまーちゃんは美しいです、はい。
「…さすがまーちゃん。話す前から私のことをわかってるなんて。」
「いちこが時間問わずにあたしのとこにくる理由なんてそんなもんじゃない。何年親友やってると思ってるの?」
「…ソノトオリデス。うー…いつもいつも申し訳ありません…。」
「いいってば。それで?今度はどうして振られたの?」
微笑しながら私の手をとって話すように促して…まーちゃんは本当に優しくて私にはもったいない親友だなぁなんて思いつつも、そんなまーちゃんに頼りっきりなのだから私はやっぱりダメ人間…あ、また根暗だ。悩みとは無関係なことで落ち込む私を見てまーちゃんは苦笑する。すみません、さっさと本題に入ります。
「他に好きな子ができたらしいです…はい。」
「あら。それはまた唐突ねぇ。つい最近まで結婚したいとか言ってたくせに。」
「私があまりにもうじうじしてるから嫌になったんだよ…。今までだってそんな理由で振られてばっかだったもん。暗いとか、うじうじしてるとか、すぐ泣くとか、暗いとか…。」
「いちこ暗いって二回言ってる。…そんな言うほどいちこは暗い子じゃないわよー。実際あたしの前じゃいつもニコニコじゃない。本当のいちこを引き出せない男どもの魅力がないのが悪いのよ。」
まーちゃんはそう言って私の頭をよしよしと撫でてくれる。優しいなぁ…。まーちゃんはいつでも私の味方でいてくれる。こんなできた親友を持って私は幸せ者です。
「和司くんなら、大丈夫って思ったのになぁ…。付き合ってきた数だけなら何人もいるのに、その中で初めて一年も続いたんだよ?私なんかと結婚したいって言ってくれたし、この人とならって…。うううっ…。」
「もう、ほら泣かないの。」
「…やっぱ、り。プロポーズされたとき、素直に受けてればよかったの、かな。私なんかがもったいぶるから…うっ…。」
あふれ出る涙を抑えることもできずに私はぼたぼたとみっともなく泣いてしまう。好きだった人に振られるといっつもこうなってしまう。こんな風に泣きたくなんてないのに、顔をくしゃくしゃにして汚い顔をまーちゃんにさらしてしまう。こんな私をまーちゃんはいつも支えてくれていた。まーちゃんは笑っていつも受け止めてくれるから、だから振られると自然と足がマーちゃんの元へ向かってしまうのだ。
「それは違うわよ。結婚って人生の一大イベントよ?もったいぶって悪いようなものじゃないわ。ましてやいちこは今までの過去の体験からすぐに判断するのが怖かったんでしょう?」
「…うん。いつも大好きって言ってくれるのに、すぐみんな私から離れていくんだもん…。和司くんももしかしてって…。」
「一年やそこらで信用するなんて無理よ。だからいちこは間違ってないわ。」
「そう…かな?」
私は頭があまり良くないから正直いつどのタイミングで相手を信じていいのかがわからない。だからまーちゃんに相談するのだ。そうするとまーちゃんはいつも私に助言をくれる。和司くんとの結婚のことも初めどうしていいかわからずにまーちゃんに相談して、一緒にいて安心できるかどうかを尋ねられて、できないと思ったから返事を待ってもらっていたのだ。…今回のことを考えるとまーちゃんに相談しておいてよかったのだと改めて思う。
「いちこ。あたしは何年たってもいちこから離れないし、いちこのことが大切よ。だからゆっくり、信用できる人を探していけばいいのよ。絶対にいちこのことが大好きで大切にしてくれる人はいるから。」
そう言ってまーちゃんはニコリと綺麗な顔をほころばせる。ああ、やっぱりまーちゃんは私の大事な親友だ。信用できて、私のことが大好きで大切にしてくれる人。まーちゃんの言葉を頭の中で反復する。
…あ、そうだ。
「まーちゃん。私わかったよ、どんな人を探せばいいか。」
「あら、どんな人?」
「まーちゃんみたいな人を探せばいいんだね。」
私がそう言うとまーちゃんは目を少し見開いてびっくりしてる。珍しいな、まーちゃんがそんな顔するなんて。
そう思いながら、私は今自分の中で考え付いたことを口にする。
「だってね、まーちゃんが今言ったような人ってまーちゃん以外に思い付かないの。信用できて私のことが大好きで大切にしてくれる人、でしょ?私ネガティブだけどね、まーちゃんが私のこと大好きで大切にしてくれてるって自信だけはあるんだよ。じゃなきゃ私のことなってとっくに放り投げてるって。だからね、まーちゃんみたいな人探すの!それにまーちゃんみたいな人なら絶対に私も大好きになれるもん!」
自分にしては名案なのではないだろうか。具体的に想像できる人がいればそれだけそのイメージにあった人を探せるし、私的にも探しやすいと思うんだ。そう思ってちょっとドヤ顔をしてみる。そうしてるとまーちゃんはちょっと呆けた後、ふと顔を下に向けてくすくすと笑い始める。あれ?笑うところなんてあったかな?
「…あーあ。もうちょっと待ってからって、思ってたのに…。」
「?まーちゃん?どうしたの?私何か変なこと言った?」
「ん?うふふ、いちこがうれしいこと言ってくれちゃうから、あたし我慢できなくなっちゃった。」
「??」
まーちゃんがいきなりよくわからないこと言って来るから理解できずに首を傾げていると、まーちゃんは身体を軽く起こして私のことを抱きしめてくる。どうしたのかな。
「ねぇいちこ。あたしみたいな人を探さなくても、いいんじゃない?」
「え?でもまーちゃんみたいな人じゃないとだめだと思うの、私。」
「…んー。正確にはあたしみたいな人、じゃなくてね。」
お互いの顔が見えるくらいに顔を離されてから、まーちゃんはその綺麗な顔を笑顔にして私に言った。
「あたしで、いいんじゃない?」
…なるほど、まーちゃんみたいな人じゃなくて、まーちゃん本人なら私も一番いいわけで、まーちゃんにするなら探す必要もないってことかぁ…。さすがまーちゃん、頭いいなぁ…ん?でも、なんか違う気がする。
そう思って私が疑問を浮かべてたことに気づいたまーちゃんは、また私を抱きしめて耳元で囁いてくる。いつもよりも格段に低いその声はまーちゃんが本気で怒った時にしか聞いたことなかったかも。あれ?今怒ってるのかな?そんなことはないと思うんだけど…あれ?
「こんな身なりだけど一応性別は“男”で、いちことは結婚もできるし、ずっと大切にするよ?高校からずっと一緒だったし…今更いちこが暗いとかうじうじしてるとかそんなことで何も言うつもりもないし…。いちこ以外の子を好きになる気もしないし。何の問題もないと思うんだけど。」
「…そっか、何にも問題ないんだぁ。…ないねぇ。」
「いちこはあたしと結婚するのは嫌?」
「ううん。嫌じゃないよ。まーちゃんならへーき。」
私がそう言うとまーちゃんはにっこり笑ってさっきよりきつく私を抱きしめてくる。ちょっと痛いかも。
「…いちこ、ずっと大切にするから。だから、いちこのはじめて、ちょうだい?」
そういっていつもより男の子みたいな顔をして微笑むまーちゃんは、もう親友のまーちゃんじゃありませんでした。