第二章:弟との戦い
アガリスタ共和国の首都カスバル。
そこは共和将が住んでいた城があるも、今は別の人物が住んでいた。
「皆、よく聞け。これより私が父---シャー・ジハーナルに代わり政務などを取り行う」
30代の男が沼のように粘々して奥底が見えない声で、集めた臣下たちに告げる。
『・・・・・・・』
皆は何も言わない。
それは昨夜の出来事が原因に他ならない。
シャー・ジハーナルが病床から起き上り、誕生した日を祝う晩餐会・・・・・・・
長兄のダハルから贈り物と称して渡された包みを、老いた共和将が開けると・・・・変わり果てた我が子があった。
最初こそ彼は解からなかったが、直ぐに泣き叫んで首を抱き締める。
しかし、それを無表情で見て近付く男が居た。
目の前に居る男がそれだ。
『父上、これより貴方様を拘束します』
男は感情を込めない声で言い、直ぐに兵達を出す。
『これより貴方様を拘束します。異教徒に惑わされた貴方を・・・・・・・救う為です』
『何を言うか?!この親不孝者が!いや・・・・この人道から外れた外道が!!貴様など息子ではない!!悪魔だ!悪鬼羅刹だ!!』
父と子の会話ではない。
しかし、事実でありシャー・ジハーナルは拘束された。
「皆、今日より私が共和将だ。今日より異教徒は排除する。寺院は壊せ。建設中の墓は壊せ。異教徒は追い出せ。異教徒には税---ジャズヤを課す。以上だ」
逆らえば・・・・・・
『御意に・・・・・・』
皆は背筋が凍る思いで・・・・頷いた。
そして一人になったゼップは共和将の座る席に座り、息を吐いた。
「これで良いのだ・・・・・これで・・・・・・」
ゼップは自分に言い聞かせるように言い、直ぐに別の事を考える。
『首都は制圧したが、モランと姉上は・・・・逃げたな』
晩餐会の夜、モランと姉のジャナラは逃げた。
特にモランは自分が殺される、と解かっていたから逃げたのだ。
ジャナラに到っても同じ理由であろうが、モランが少なくとも何か言ったと想像できる。
「・・・・・・・・」
何を考える?
何も考えなくて良い。
敵が来るなら躊躇わず倒す。
そうする事で見せしめとして、自分の力を他者に見せて忠誠を誓わせるのだ。
「・・・・やるしかない。もう後に引けない」
兄を殺したのだから遅い。
『・・・ゼップ様』
何処からともなく声がした。
「・・・・ラシーンか?」
ゼップは小声で聞いた。
『はい。弟君のモラン殿は・・・・兵を集めています。凡そ3万人程です』
「姉上の方はどうだ?」
『こちらも兵を集めておりますが、数は5千程です』
「・・・・・・・・・」
5千・・・・少ない人数だ。
ジャナラはモランより任された土地が広い。
つまり集められる人数も多い筈だが、どういう訳か人数がモランより少ない・・・・・・・・・
『やはりシャー・ジハーナル様の妾、という噂もあり人が思うように集まらないようです。更に言えば女だてらに戦場に立つのが許されないのでしょう』
ラシーン、という男の声は愉快そうだった。
「・・・・2人は同盟を結ぶのか?」
『どうでしょうか?今の所そのような動きはありませんが・・・・・先に動くのはモラン殿かと』
「・・・・直ぐに兵を出す。そなたも準備をしておけ」
策略が多ければ勝つし、少なければ負ける。
今回も策は練る。
『分かりました』
そこで声は途切れる。
ゼップは地図を広げた。
モランが任された土地はカスバルから離れているが、この国の兵達は機動力に特化している。
その気になれば1日で山を越える、とさえ言われているのだ。
「・・・・・・・」
会戦するとすれば、何処が良いだろうか?
いや、先ずはモランが任された地域の兵達が、どんな武装か思い出そう。
彼が任された地域の兵達はディル、と呼ばれる膝下まであるチェーン・メイルにジョシャンと呼ばれる鎧を着て、鉄製の兜を被っている。
武器は直剣に円形の盾だ。
そしてルーマ、と呼ばれる騎兵用の突撃槍がある。
これを先頭に陣形を乱し、直剣と盾で固めた者---駱駝騎兵が突進する。
どちらかと言えば、機動力より攻撃力が主体だが、決して機動力も侮れない。
ジャナラの方はどうだ?
向こうは機動力に兄弟の中で特化しており、モランに比べれば防御力は弱い。
武装は合成弓、湾曲した剣、槍だが・・・・火を使った魔法もある。
しかし、それ以上に厄介なのは兵達が二刀流を出来る事だろう。
剣、槍、果てはメイスなどを使い、突撃するから恐いのだ。
おまけに機動力もあるから余程の事をしないと・・・・仕留め切れない。
「・・・・先にモランだな」
ここは大軍のモランを倒す事で自分の名を上げる。
その間に・・・・・・・
「情報を掴む、か」
シャー・ジハーナルの妾と言われる姉だが、証拠は無く噂でしかない。
その噂を真実にできる情報があれば・・・・・・・
勝てる。
「・・・・直ぐに将軍達を呼べ。出撃準備だ!!」
ゼップはドアを開けて臣下たちに叫んだ。
ここに骨肉の争いが幕を開けた。
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アガリスタ共和国には2つの河川があり、その内の1つに近い場所をモランは任されていた。
そこの河川は奥地まで届く。
モランは政治的な面においては奥地の部族に友好的だ。
だから、ここを任されたのだろう。
「モラン様、ゼップ様の軍勢が来ましたよ」
「思っていたより素早いな。流石は兄上・・・・・策ばかりではない、か」
モランは直剣を腰に差したまま、敵である実兄に酷薄な笑みを浮かべる。
「皆に伝えよ。ここで兄上を倒せば、我らはダハル様を殺した者を倒した英雄になる、と」
「御意に」
部下は頷いて消えて行った。
それを見てから彼は独白する。
「・・・・兄上、貴方には私の泥も被ってもらいますよ」
姉はまだ自分の事を知らない。
兄さえ死ねば死人に口無しだ。
「・・・・・・・」
モランは天幕から出て、茶馬に乗った。
既にゼップの軍勢が見える。
河川を挟み2つの軍勢は対峙した。
「兄上・・・・私の為に死んでもらいますよ」
「・・・・私は神の為にやっている。貴様のように私利私欲の為に、あんな酷い事をした訳ではない」
「神の為、ですか・・・・そういうのを言い訳、というのですよ。本当は父上に愛されたかったのでしょ?兄上を見返したかったのではないですか?」
「・・・・・・貴様は、ただでは殺さない。その両眼を刳り抜いて、頭の皮を剥いでやる」
モランは背筋が凍る思いに襲われる。
兄はやる、と言ったら必ずやる。
恐らく本当にやるだろう・・・・・・・・
『・・・・・・・』
どちらとも言わずに離れる。
しかし、この時点で既に勝負は始まっていた。
よく見ればゼップの率いる軍---2万の内で居たのは1万だ。
つまり半数---残り1万の兵が居ない。
それを彼は見ていない。
移動して来た為に砂塵が舞い散り、正確な数を把握できなかった。
そして幻影を見せられていたのだ・・・・・・・
どちらからともなく、合戦合図の太鼓が鳴り響く。
河川を挟み、両軍は激突する。
モランは勝負を一気につける為、ルーマを持つ駱駝兵を突進させた。
だが、彼は忘れている。
河川を越える事を。
いや、この時点で既に彼は策略に嵌っている。
河川を挟み陣を敷いたのも敵軍の進撃に備えてだ。
それを自分から破ったのだ。
愚かであるが、自信があったからだろう。
駱駝達は列を成して河川を越えて突っ込もうとするが、思うように動けない。
流れが速く、鎧などの重量のせいだ。
そこを容赦なく矢の雨が襲い掛かる。
それでも彼等はルーマを翳し、突進した。
ゼップは歩兵用の長槍で列を成して、彼等を迎え撃つ。
河川を越えて矢の雨が互いに行き違う。
「ぐぎゃ!!」
「がはっ!!」
どちらの兵が発したのか・・・・蛙のような悲鳴がする。
そして互いにぶつかり合う音がした。
ルーマを持った駱駝騎兵は長槍を持つ歩兵の列に突っ込む。
もちろん最初の者は串刺しにされが、そこへ第二陣として駱駝騎兵が突っ込み列を崩す。
それでも歩兵が列を成して駱駝騎兵の群れを食い止めた。
「弓兵、歩兵を狙え!第一射は前方を、第二射は後方を狙うのだ。騎兵の道を作れ!!」
モランは直剣を抜いて、命令を迅速に行う。
弓兵は合成弓を引き絞り、第一射を放つ。
第一射は味方の駱駝騎兵に当たったりもしたが、敵歩兵を容赦なく貫いて行く。
ゼップの歩兵は円形の盾を使用しているが、皮を何枚も重ねた物で合成弓の敵ではない。
更に前からはルーマの駱駝騎兵が居るから・・・・押されて行く。
しかし、ただ押されて行く訳ではなかった。
敵兵を奥深く誘い、側面へ回り込ませた歩兵で突くのだ。
「・・・・やるな」
モランは実兄の戦上手に舌を巻いた。
だが、負ける訳にはいかない。
「騎兵を繰り出し、敵歩兵を逆に包囲しろ」
今度は直剣を持った騎兵が突撃し、逆に歩兵を側面から攻撃した。
砂漠戦は海戦と同じだ。
遮蔽物が無いから、相手の側面などに回り込み易い。
これの繰り返しか、と思われたが違う。
良く見れば、彼等はちゃんと防御しており・・・・・まるで主力をこちら側に来させている感じだ。
それは・・・・・・・・・・
「モラン様、敵軍が河川を越えて、こちら側にいます!!」
「何っ!?」
モランが見た方角にはルーマを持った駱駝騎兵と戦象が・・・・・今まさに突っ込もうとしている所だった。
「しまった・・・・我が主力をあちら側に行かせて、陣の兵を少なくしたのか!!」
自分の主力は殆どが向こうに行っており、陣には自分を護る兵達だけだ。
今にして思えば、ゼップの兵が少ない。
『砂塵のせいで兵の数を誤ったか!!』
今さら後悔しても遅い。
モランは伝令兵を呼んだ。
「直ぐに待機させている兵を呼べ。ここで一気に片をつける」
「ハッ!!」
伝令兵は直ぐに去る。
「・・・・やりますな。兄上」
だが、勝つのは自分だ。
「持ち堪えよ!直に援軍が来れば数で押せる!!」
恐らくゼップも援軍を呼ぶだろうが、距離的に言えば自分達の方が近い。
間に合う筈だ。
それまでは耐えなくてはいけない。
ゼップの戦像は護衛の歩兵たちを・・・・巨大な脚で踏み潰し突撃を続けていく。
戦象に続き、ルーマを持った駱駝騎兵が生き残った歩兵を倒す。
モランの所まで間近と迫る。
しかし、戦象は巨大で動きも遅いから・・・・・・容易に捕捉されて確実に仕留められていった。
駱駝騎兵は戦象を避けて奥深く突っ込むが、戦像の築いた道までしか進めず死んでしまった。
逆にモランの駱駝騎兵は奥深く侵入して行くが、そこを包囲されて全滅してしまう。
ゼップの方が押していたが、駆け付けた援軍に今度は逆に包囲網されて・・・・・追い詰められていった。
「引け!引くのだ!!」
ゼップは兵を率いて、逃走を開始した。
「追うな!下手に追い打ちをかけては逆襲される!!」
モランは兵達に追うのを止めさせる。
この戦いでモランの兵は3万の内1万を失った。
ゼップの方は初戦で勝っていたが、5千の兵を失って逃走した。
兄を打ち負かした、とモランは思っていたし、周囲も同じであった。
突然の奇襲で、1万の兵を失ったが追い返したのだから勝ちである。
それにまだ予備軍が居り、何れは彼を追い詰めてみせる所だ。
しかし、ゼップは首都へ逃げ帰らず近くで野戦陣地を築き、戦況は膠着状態を迎える。
そして・・・・・・・・・・・・
「これはこれは・・・・・兄上も判っているな」
目の前に立つ美女を見て、モランは好色の笑みを浮かべる。
戦が終わり膠着状態が続いたが、間もなくゼップの使者が来て謝罪の文と美女を送ってきた。
つまり“手打ち”を申し込んできたのだ。
家臣たちは手打ちと美女に違和感を覚える。
モランも同じだが、美女と手打ちの証として臣下になる、と証明書まであったから・・・・疑いを持ちつつ、ある程度は信じた。
「ふふふふ・・・・しょせん兄は私の敵ではなかったな」
そうモランは笑い、美女を引き攣れて自身の天幕へと消えた。
何れは殺す積りだが、今は目の前の美女を堪能する為に・・・・・・・・・・・
翌日・・・・・家臣達は頭の皮を剥がされ、両眼を刳り抜かれたモランの亡き骸を発見する。
そして、その直後にゼップの奇襲を受けて・・・・軍門に下った。