2. 飲み込まれた運命 2
2. 飲み込まれた運命 2
家を飛び出したジンは里のはずれにある森の中までやってきた。ここは南向きのなだらかな斜面の森の中にある小さな原っぱだった。小さい頃からジンはこの場所が気に入っていた。その原っぱの真ん中で、目を瞑って大の字になって寝転ぶ。森の中から鳥のさえずりが聞こえ、時折やわらかな風が頬をなでていく。 目を開けると、木立の間から空が見える。ここから見る空は里のどこから見る空よりも蒼いようにジンは感じていた。ココが一番結界の外に近い場所に思えて、ジンはこの場所が好きなのかもしれない。
草の香りがジンを包み込むと、急に眠くなってくるのを感じた。試験の緊張感とレベルに見合わない高等魔法を使った疲れが出てきたのか、そのままジンはウトウトと眠ってしまった。
冷たい風が頬をなでるのを感じでジンは目を覚ました。陽はかなり傾き、森の木々の間には夕闇が少しずつ積もり始めていた。
「もう日が暮れるな」
ジンは、体を起こし、稜線に姿を消していく夕陽を見送りながら独り言を言った。原っぱを囲む森は、少しずつ陰を伸ばし木々の作り出すシルエットは徐々に一つになり始める。 そして闇が森全体を覆うと、まるでその陰が一つの大きな魔物のように感じられた。昼間は優しく頬をなでていた風は、いつの間にかに強くなり、森の木々をゆする。ジンはもう一度、大の字に寝転がって空を見つめる。 空は刻々と色を変えて行き、東の空には一番星が輝き始める。ジンは大の字の寝転んだまま片手を上げて、試験の時にテレスがやったのと同じしぐさをし、小さな光の球を浮かべた。少し強い風が吹き抜けていった。
「さぶっ」
風の冷たさに首をすくめると、ジンは上着の襟を立てて背中を丸め横向きに寝返りを打ち今作った光の球にそっと手をかざして自分の目の前まで下ろした。光の球はほのかなぬくもりをたたえて、ジンの手や顔や地面をぼぉっ照らしだす。 じっとその球を見詰めると、光の球の中にテレスとマルクの顔が浮かんで見えた気がした。
「なんであんなやつらが合格でオレが失格なんだよ!くっそ、またくだらないことを思い出しちまった」
ジンは独り言を言ってから、不貞腐れたように目を閉じた。昼間は、あんなに聞こえていた鳥のさ
えずりはどこからも聞こえず、ただ森を渡る風の音だけがザワザワと聞こえていた。
「さすがにオレも腹が減ってきたな」とジンがつぶやいた時。
ジンの身体に魔波動が駆け抜けて行くのを感じた。魔波動とは、魔法使いそれぞれが持っている波動の事で、その波動の大きさで魔力の属性や強さを感じることができる。
「なんだこの大きな波動は?」
それは今までジンが感じたことのない程大きな波動だった。そしてその波動は、吐き気が込み上げてくるほどの邪気を帯びていた。 ジンは飛び起きると光の球を消し、地面に伏せるように低く身構えて暗視で気配を伺ったが、見えるのは森の木々だけだ。すると今度は、微かに何かが風を切る音がした。嫌な予感が背筋を駆け抜けジンは横に飛ぶ、そのままごろごろと転がって森の中飛び込み、斜面の下の方向にある太めの樹の幹に体を潜めた。しばらく樹の陰で息を潜めていたジンは、原っぱの方に何かの気配を感じた。 ジンが顔を出して様子を伺おうとしたその時、ビリビリビリー、と大きな音とともにジンのすぐ隣の樹に何かが当り弾け飛んだ。
(電撃だ!)
ジンは飛び散る樹の破片を飛びよけながら思った。それもかなり威力のある電撃だった。電撃攻撃は、かなりの高等攻撃魔法が使える者でなければ扱うことはできない。しかも、こんなに大きな樹が弾け飛ん
でしまう程の威力と精度で操れるとしたら、ファイナルステージをクリアした魔法使いしかありえない。
「あんなもんを食らったら、オレのバリアぐらいじゃひとたまりもないぞ」
攻撃をかわすために森の樹を転々と飛び移りながら、ジンは今自分が置かれている状況の分析と判断をしていた。一体何がどうなっているのかジンにまるで分からなかっが、今ジンが何者かに狙らわれているということだけは確かだった。 森の樹木はジンが飛び移った後、次々と敵の電撃で破壊されジンは自分がどんどんある方向に追い詰められて行くのを感じていた。
ジンはスピードにはかなりの自信を持っている。多分、この里の中ではトップクラスと言っても過言ではないはずだ。しかし今、そのジンのスピードに勝るような勢いで正確に電撃が放たれている。しかも、樹が倒れる方向が一定ではないところをみると、敵は一人二人ではないだろう。だとしたら、今攻撃をしかけてきている相手が誰なのか必然的に決まってくる。ジンの兄デュークが率いる里の近衛部隊。その中でもトップクラスの力量の者達くらいしか考えられなかった。
「兄貴のやつ。オレにお仕置きをするにも程があるぜ。こんなやり方ありえねえ」ジンは限界ギリギリまでスピードを上げた。
「だめだ、もう結界ギリギリのところまできちまった」
ジンが一瞬スピードを緩めたその瞬間、自分の目の前が真っ白になるのを感じた。 とうとう、ジンが飛び移った樹に電撃が当ったのだ。その爆風の威力は凄まじくジンはものすごい勢いで弾き飛ばされた。
それからどれ位の時間がたっただろうか。頬を何か冷たいものが撫でるのを感じてジンは意識を取り戻した。ジンの頬を撫でたもの、それは朝露をたたえた草の葉だった。 うっすらと目を開けると、夜が明けたのか、薄紫のもやのようなものが目の前に広がっていた。自分が今どこにいるのか、まるで見当がつかなかった。 昨日の夕方の出来事も、まるで遠くの夢のようで、実際にはなにが起こったのかもよく分からなかった。とりあえず周りを見ようと体を起こそうとすると物凄い痛みが体に走るのを感じた。 腕に怪我を負ってしまったらしい。その他にも体中がジンジンした痛みに覆われ、重くて動くことができなかった。
(俺はこの夜明けの底のようなところに取り残されたまま消えてしまうんだろうか……)
昨日まで胸の中に溢れていた自信もプライドも、全てあの爆風とともに吹き飛ばされてしまったようだった。今はただ、言い知れない不安だけが自分のなかに渦巻き、どうしようもなく孤独だった。
(助けて……、誰か……)
ジンは思わず心のなかでそう叫けんでいた。