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ラベンダーの空  作者: 凌月 葉
14.ヒーローの生還
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14.ヒーローの生還 4

14.ヒーローの生還 4


 試験から数日後のある朝、ジンは魔法学院の門の前に立っていた。本当なら、試験を終えた翌日にはココに来られるはずだったのだが、タカヤとアッシュとともに合格を告げられた日の翌日から、また検査があると呼び出され何種類もの検査を受けさせられていたために、今日に至ってしまったのだ。


 ふう と大きく深呼吸をして、胸元にそっと手を添えた。そこには、ラベンダーハウスを後にした日に、ラベンダーが流した涙から出来た蒼い結晶が下げられていた。


「待ってろよラヴァン」ジンはそう独り言を呟くと門をくぐった。


「よお!あれから呼び出しを食らってたって?」ジンの姿を見つけてタカヤとアッシュが駆け寄ってきた。


「ああ、なんだか知らないけど検査だとかなんとか言って、体中いじくりまわされたよ。気分が悪いったらありゃしねえ」ジンは不機嫌そうに答える。


 魔法学院は、幼稚園から大学までが広大な同じ敷地の中に隣接して建てられている。学院の正門に入ってすぐに公園のような広場が広がっていた。そして、その広場のを囲むようにレンガ造りの壁があり、その壁のところどころに、それぞれの学校に続くアーチ状の門が設置されていた。ジンは、正面の広場に入ったところでタカヤとアッシュと合流し、大学へと続く門をくぐった。 大学へと続く門を通り抜けると、大学の敷地まで続くポプラの並木の通路があった。そして、ジンがその並木道に足を踏み入れた途端、並木道を大学へと向かっていた学生達が一斉に振り向き、ジンに向かって駆け寄ってきた。


「な、なんだよこれ?!」その異様な光景に、ジンは一瞬怯んで立ち尽くす。


「そりゃそうだろ!なんたってヒーローの初登校日だからな」タカヤがなにやら含みを帯びた笑いをジンに向けた。


「ヒ、ヒーローって、誰のことだよ?」ジンは困惑した表情のままタカヤに尋ねた。


「あれ?ジンはなにも聞いてないの?」アッシュが不思議そうに尋ねる。


「何もって……何を?」


「何をって、そりゃあ検査に結果に決まってるだろ!」今度はタカヤの方が驚いたようにして大きな声を上げた。


「検査の結果?何の?」


「だからさ、昨日まで受けてた検査の結果だよ。ほら、エルドラの乗り移られた時の……」


「はぁ?」ジンはまるでわけがわからないといった表情で問いかけるような視線を二人に向けた。


 そのころには、3人の周りを「生還おめでとう、ヒーロージン!」と口々に叫びながら学生達が何重にも取り囲み、ジンは隣に居るタカヤ達の声を聞き取ることも困難な状況になっていた。


「ちょっと……、お前らちょっと来い!」ジンはそう短く叫ぶと、タカヤとアッシュの腕をグッとつかんで高く飛び上がり、学生たちの前からスッと姿を消した。


「いったいどういうことなのか、俺にもわかるように説明してくれよ」魔法演習用の広い敷地の中にある大きな木の幹の上で、ジンはタカヤとアッシュに尋ねた。


「お前本当に何にも聞いてないのか?」タカヤが訝しげな顔つきでジンに尋ねた。


「わかんないから聞いてるんだろう?」ジンは不機嫌な様子で言い返す。


「あのさ、最近近衛隊がエルドラに接触したって話は知ってる?」アッシュがジンの怒りをなだめるように、ゆっくりとした口調でジンに尋ねた。


「え?そうなのか……何も聞いてない」


「そっか、やっぱり……デューク隊長らしいな」


「兄貴の仕業か!」


「ちょっとジン、今僕が説明するから、落ち着いてよ。だからね、エルドラの居所がわかったらしいって話は知ってるでしょ?」


「ん?ああ」


「でも、なかなか捕まえることが出来ていない……。それはなんでかわかる?」


「いや、まだ詳しいことは何も聞いてないんだ。っていうか、帰ってきてから検査ばっかりで、そんな時間もなにもなくて……」


 確かに、連日検査で呼び出されるたびに、記憶を探られたり魔波動の強さの測定をされたりしたのだが、その検査は体力を消耗するものが多く。ジンは帰宅すると食事もとらずに寝てしまう日があるほど疲れていたために、帰宅してから家族ともまともに話が出来ずに居たのだ。


「実はね、ココのところ外界で何度か近衛隊がエルドラらしいヤツに接触しているんだよ。でも、エルドラに接触するとジンがされたみたいに乗り移られてしまうことが多くて、結局逃げられてしまっているんだよ」


「そうなんだ……。でも、近衛だろ?もう少しなんか対処の仕方はないのかよ?」


「それが。エルドラに乗り移られた魔法使いは、皆そのあと抜け殻のような状態になって発見されるばかりで」


「えっ?」


「エルドラに直接接触して。まともな状態で帰還したのはお前だけだよ、ジン」


「えっ?それは俺が、封印も解けてない半人前で怪我も酷かったから、捨て置かれただけだろう?」


「違うよ」


「違うって?」ふう とタカヤが大きなため息をついてから、ジンに顔を向けて口を開いた。


「お前にかけられた封印なんて、エルドラの魔道術でいくらだって解くことはできたさ。怪我だって同じだろう。でも、お前はエルドラに完全に乗っ取られることもなく、しかも精気を失うことも無く生還できた。それは、お前の魔波動がエルドラに対抗できる波動を持っていたからだ」


「どういうことだ?」


「普通の魔法使いは、マイナスの要素とプラスの要素をそれなりにバランスよく持っているんだけど、エルドラの波動は、かなり強いマイナスを帯びているんだよ。つまり、それだけ邪悪な波動だってこと」


ああ、それで、エルドラが体に乗り移ってきたときにあんなに酷い吐き気を感じたのか……、とジンはそのときの様子を思い出しながら話の続きを聞いた。


「エルドラに乗り移られた魔法使いが、何故精気を吸い取られて抜け殻のようになってしまうのか、それがなかなかわからなかったんだよ。でも、お前が帰ってきたときに受けた検査で、その理由が判明したんだ」


「だからって、なんで俺がヒーロー扱いされなきゃいけないんだよ?」二人の話を聞いても、まだ憮然とした表情でジンが言った。


「エルドラに乗り移られても生還したからだろ?検査の結果、お前と同じ波動を持ったやつは近衛には居なかったらしいから……」


「つまりジンは、エルドラに対抗していくための切り札って事だよ」


「はぁ?なんだそれ?」


「デューク隊長は、きっとお前に負担をかけたくなかったんだろ?だからきっとお前にこのことを話さなかっただろうな……」


「でも、学院でこれだけ騒ぎになってりゃ同じことだろ?いったいどこから漏れたんだよ」


「さあな?でも俺たちが試験の翌日学院に来たときには、もうその噂で持ちきりだったぜ」


「うん。僕たちだってさ、『試験でジンと一緒だったんだろ?』ってそりゃあもう、大変だったんだから……」アッシュは大げさに手を広げて方をすくめて見せた。


 じっと話を聞いていたジンは、小さくため息をついてからうつむいていた。


「ジン?」ジンの様子が少しおかしいことに気がついて、アッシュが慌てて声をかける。


「おい、大丈夫か?ジン」タカヤもジンの顔を覗き込みながら尋ねた。


「俺は、俺はヒーローなんかじゃないさ……」ジンはうつむいたまま、少し震える小さな声で呟いた。


「ジン?」


「俺は、別にエルドラに打ち勝って生還してきたんじゃない!俺は……、俺は何も出来ずに外界から逃げ帰ってきたんだ!」ジンは胸元で揺れる蒼い結晶をグッと握り締めて肩を落としてなだれた。


「逃げ帰ってきたって?お前……」


「俺……」ジンは二人に、ラベンダーハウスのことを話した。そして、外界ではエルドラの放つ黒い霧が原因で異常気象などが起きていることなども話した。


「ラベンダーハウスの二人にはものすごく世話になって、俺の手で二人のことを護りたいって思ったんだ。でも、俺はルナに教えてもらうまで、エルドラに乗り移られたことにすら気がついていなかった。俺は、エルドラに対してなにも出来なかったんだぞ?そんな俺がヒーロー?笑わせるな!」ジンは悔しそうに拳を握り締める。


「まあ、そう気にするな」タカヤがジンの肩にポンポンと手を置いて口を開いた。


「ヒーローなんてもんは、本人の意思とは関係なく、周りが勝手に作るもんだ。ただ一つ言えることは、お前が生還してくれたおかげで、エルドラに対抗する手段が一つ見つかったってことさ。みんなはそのことに対してお前をヒーローにしたがってるって事さ」


「……」


「そうだよ。きっと今は、ジンにヒーローになってもらうことくらいしか、里にはエルドラに対しての希望の光がないんだよ」アッシュがにこっ と微笑んで頷く。


「ま、暫くあのバカ騒ぎは続くかもしれないけど、そのうち飽きて収まるさ」タカヤがまたジンの肩をポンと叩く。


「そんなのさ、適当に流しておけばいいよ。それよりさ、エルドラに対抗できるように今は力をつけないとね?」


「え?」


「護りたいんだろ?外界で世話になった人たちを」


「僕たちもさ協力できるように頑張るからさ。だから、逃げ帰ってきたなんて自分を責めてちゃだめだよ!一緒に頑張ろうよ」ジンが顔を上げると、二人が黙って頷いた。


「さてと、早く行かねえと。ヒーローが初日から遅刻じゃカッコつかないだろ?」タカヤは、幹の上に立ち上がると うんッ と伸びをしながら言う。


「ま、そのほうがヒーロー騒ぎが早く収まっていいかもしれないけど……。教授には目をつけられちゃうかな?」アッシュはこぼれそうな大きな目をクシャっとゆがませて愉しそうに笑った。


「そうだな。俺は俺だもんな!」ジンがおもむろに立ち上がると、スッと手のひらを二人に向かって差し出した。タカヤとアッシュは、一瞬顔を見合わせてから、その手のひらを順番にパンッパンッと叩いた。それは、まだ3人が小さい頃、何かが成功したときに必ずするセレモニーのようなものだった。


「よし行くか!」ジンの掛け声とともに、3人は学院の建物に向かって幹から勢い良く飛び降りた。




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