14.ヒーローの生還 2
14.ヒーローの生還 2
「ほら、もう一度ちゃんと顔を見せて頂戴、ジン」ノエルの言葉に促されて、ジンは母を抱きしめていた腕を緩めて少し体を離した。
「ちょっと見ない間に、背が伸びたみたいね。顔つきも少し大人っぽくなったかしら?」ノエルはジンを見上げて微笑みながらそう言った。
「背は伸びたかな?顔つきは自分ではよくわかんないや」ジンは少しだけ照れて、母の顔から視線を下にそらして答えた。
「お腹すいたでしょ?昨日から何も食べていないんでしょ?いますぐ用意するから。ご飯食べたら少し休みなさい」ノエルはそういいながら、ジンの腕をポンポンと軽く叩いて食卓に着くように促した。
軽く食事を取ってから、ジンは久しぶりに自分の部屋で横になった。見慣れた天井と景色、慣れ親しんだ自分のベッドのはずなのだが、どこか他人の家に来ているような違和感を感じた。しかし、それもつかの間のことで直ぐに深い眠りに落ちていった。
夕飯の支度が出来たとルナに起こされ階下に降りていくと、食卓には自分の好物ばかりが並べられ、普段は帰宅時間の遅い父もすでに食卓についていた。久しぶりに家族がそろった食卓は、ラベンダーハウスよりもにぎやかで楽しいものだった。ただ、近衛隊から離れることが出来なかった兄のデュークの姿が無いことだけが、どこかの暗闇から平和を乱そうとその機会を虎視眈々と狙っているエルドラの存在を示していた。
外界での自分の話に耳を傾けながら食事をする家族の様子を見ながら、ジンはラベンダーハウスのことを思っていた。あの二人は今頃どんな風に過ごしているだろうか?二人の記憶から自分の存在が消えてしまった今。二人は、以前と変わらず二人だけで静かな時間を過ごしているのだろうか?しかし、そう想いを巡らしてしまう事は、自分の無事を祈り、生還したことをこんなにも喜んでくれている、目の前にいる自分の家族を裏切っていることになるような気がして、どこか後ろめたい気持ちもあった。
「ふう……」夕食後自分の部屋に戻ったジンは、窓にもたれて外を眺めながら大きなため息をついた。
それから窓を開けて、結界のために少し靄がかかったように見える空を見上げてまた大きなため息をついた。昨日はラベンダーと一緒に宵待草を見ていた。脳裏にはセピア色にゆれるラベンダーの横顔が浮かんでくる。あれからたった一日しか経っていないにもかかわらず、ずっと遠い記憶の中の景色のように思えた。
翌日、ジンは朝から学院に向かった。急遽ジンのためにステージアップ試験が実施されることになったからだ。会場に着くと、前回担当してくれた試験官がジンを出迎えた。
「やあ、生還おめでとう」
「ご無沙汰しております。前回のときはご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」ジンが頭を下げた。試験官は、ジンに頭を上げるように声をかけてから、話を始めた。
「今回の試験のパートナーについてなんだが……。その……、君が帰還するという話が出てから、試験の当日になると急に体調を崩してしまった者が2名ほどいて。その変わり者と一緒に受けてもらうことになったんだが、いいかな?」
「変わり者……?ですか」
「よお、久しぶりだな!」
「お帰り、ジン!」ジンが言い終わらないうちに、ジンの後ろから声がかかる。
「お、おまえら!」ジンが振り返ると、そこにはタカヤとアッシュの姿があった。
「今話した、変わり者がこいつらだ」試験官が苦笑しながら二人の顔に視線を送った。
「いやさ~、なんか試験なんていわれると緊張するせいか。俺、当日になると腹がいたくなっちまうんだよな」とタカヤ。
「僕はさ、前の日眠れなくて当日の朝になると熱がでちゃうんだよねー」アッシュは悪戯っ子のような笑みを零しながら言った。
「今日は体調は大丈夫なのか?」試験官は軽く咳払いをした後二人に尋ねる。
「ええ。ジンの顔を見たらなんか元気になりました。なんか今日はもう、バリバリ体調いいです」
「僕も、絶好調って感じですから、ご心配なく」
「そうか、それはよかったな……」クククと試験官は笑いを堪えながら答えた。
「アホか?お前ら……」ジンは呆れ顔で二人に言う。
「いいじゃねえか、おかげでこうして3人で試験が受けられるようになったんだから」
「そうだよ!3人で一緒に受ければもう受かったも同然だよ!」
「確信犯だろ?お前ら……」
「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ!俺は本当に腹が」
「再会の挨拶はそれくらいでいいか?そろそろ試験を始めたいんだが」
「「「はい。お願いします!」」」試験官の声に、3人はそろって頭を下げた。
「ジンは一回受けているので知っていると思うが、今回も下級生を連れてこの塔を無事に抜けることが出来れば合格となる。今回同行するのはあの子だ……」試験官が指すほうを見ると、少し離れた扉の前に小さな女の子が不安げに佇んでいた。すかさず面倒見のいいアッシュが女の子のところに赴き、屈んで声をかけた。
「こんにちは、僕はアッシュ。お名前を聞いてもいいかな?」
「エリス」女の子はうつむきながら落ち着かない様子で自分の名前を告げた。そこへ一足遅れてタカヤとジンが来た。
「エリスか、かわいい名前だね。今日はよろしくね。それで、えっと……こっちの怖そうなお兄ちゃんがタカヤで、こっちの偉そうなお兄ちゃんがジンだよ」アッシュからそう紹介を受けると、エリスは顔を上げてタカヤとジンの顔を見上げて小さく笑った。
「おまっ、アッシュ!なんて事を言うんだよ!怖がらせてどうすんだよ!」
「おい、タカヤやめとけ!」ジンはアッシュに突っかかりそうになったタカヤを止めた。
「だって、ジン。アッシュのやろう……」
「いいんだよ。エリスの顔を見てみろ。さっきよりも随分表情が柔らかくなっただろ?今回の試験では、俺たちは彼女を護らなくちゃいけないんだ。護られる方が俺たちに打ち解けて信頼してくれなかったら、上手く行くもの物上手く行かなくなる。彼女が安心して今回の試験を終わらせることが出来るようなら、それが一番だろ?」
ジンが言い終わると、タカヤは驚いたような顔をしてまじまじとジンの顔を見返してきた。
「な、なんだよ?俺の顔になんかついてるか?」ジンは怪訝そうな顔でタカヤに尋ねる。
「いや、お前がそんなこというなんて思ってなかったから!」
「うん。外界に行ってからジンは変わったって聞いてたけど……これほどとは、僕も思わなかった!」
「全くだな!」気がつくと、試験官までもが驚きを隠せない表情でジンを見ていた。
「なんだよ!もう、ほら、試験会場に入るぞ!」ジンは少しだけムスッとした表情で3人を促して、試験会場の厚く重い扉を開いた。