13. 幻のファーストキス 10
13. 幻のファーストキス 10
ラベンダーは、自分の視界がふんわりと明るくなったことに気がついて。明かりのほうに視線を向ける。目の前に一輪の宵待草が風に揺れているのを見て驚いて顔を上げた。
「……?」
「どうぞ」
「あ、ありがとう」いつの間に手折ったのか、ジンが宵待草を差し出していたのだ。驚きが消えないまま少し微笑んで花を受け取ると、ジンは照れくさそうな笑顔を見せた。
「そろそろ……」
「ん?」
「随分冷え込んできたし、そろそろ行こうか?」
そういってジンは立ち上がると、ラベンダーの目の前にスッと手を差し出す。ラベンダーは、うん、と頷いてジンの手をとって立ち上がる。二人はそのまま、手を繋いで黙って歩き出した。
(なにか言わなくちゃ・・・・)
ラベンダーは必死に言葉を探したが、口を開いたらジンを困らせてしまうような気がして、なにも言えなかった。
「あッ!」
直ぐそこにラベンダーハウスが見える場所まで来たとき、ジンがなにかに気がついたように立ち止まった。
「なに?」
「え?あ……うん……」ジンは黙ってうつむいて、繋いだ手をギュット握り締めた。
「本当に、本当に行っちゃうんだね……」ラベンダーが独り言のように言葉を零す。
「……」
二人がドアを開けて家に入ると、リビングにはフローラのほかに二つの人影があった。一人はジンの姉のルナ。そしてもう一人は、ジンに似た面影をもった人物だった。
「お帰りなさい」二人に声をかけるフローラに、ラベンダーは問いかけるような視線を向ける。
「俺の兄貴のデュークだよ」ラベンダーの疑問に答えるように、隣にいたジンが答えた。
デュークは、ジンよりも少し背が高く体格も大きかった。顔立ちはジンに良く似てはいるが、立派な大人の男性という感じだった。ただ、近衛隊の隊長をしているせいか。その身にまとっている雰囲気はジンとはまるで違い冷たく威嚇するような鋭さかがあった。
「あ……あの、はっはじめまして。ラベンダーです」ラベンダーがかしこまってぺこりと頭を下げる。
「ジンの兄のデュークです。ジンがお世話になったそうで、ありがとうございました」
デュークは表情をかえることもなく、まるで儀式のお決まりのせりふを言うように礼を述べた。お礼を言われたにもかかわらず、デュークの威圧感に身を硬くするラベンダーの手を、ジンはギュッと握り締める。ラベンダーが思わずジンを見上げると、大丈夫となだめるようにジンが黙って頷いた。
「ラヴァンごめんなさいね、もうそろそろ時間なの」申し訳なさそうにルナが口を開いた。
「あっ……はい」
それからフローラにはルナが付き添い、ラベンダーにはジンとデュークが付き添ってそれぞれの部屋に向かった。
「お前がやるんだ」
ラベンダーの部屋につくなり、デュークはおもむろにジンに言った。その言葉に、ラベンダーが不安を帯びた表情でジンを見る。
「そんなに怖がらなくても大丈夫。ラヴァンには俺が魔法をかけるって事だから」瞳に寂しげな陰を湛えてジンがそういうと、ラベンダーは黙って頷く。
「じゃあラヴァン、ココに立って目を瞑って」
ジンはそっとラベンダーの腕を取ってベッドの横に立つように促す。ラベンダーは緊張した面持ちで黙って頷くと、ジンに言われたとおりに静かに目を閉じた。ベッドの足元のほうで、黙って成り行きを見届けているデュークの斜め前にジンが立ち呪文を唱えると、微かな風が舞い起こりラベンダーの体にまとわりつく。やがてそれはラベンダーの頭上で魔方陣を形どっていく。完成した魔方陣は静かにラベンダーの足元までおり、静かに上方に光を放ち始めた。やがて、魔方陣が放つ光の柱はラベンダーの体をすっぽりと覆うほどの高さになった。