13. 幻のファーストキス 6
13. 幻のファーストキス 6
翌日ジンがリビングに下りていくと、ラベンダーが電話口で嬉しそうに笑いながらペコペコと頭を下げていた。
「なんかあったの?」
「大学から合格の知らせが来たらしいの。ロジャーさんが電話で知らせてくれたのよ」
「ああ、それでか」
ロジャーにお祝いの言葉を述べられたのか、ラベンダーは頬を少し赤らめながら嬉しそうに笑って答えていた。
「大学受かったって?やったじゃん!」手のひらを高く差し出してジンがそういうと、ラベンダーはその手にパンッとハイタッチしながらうんと頷く。
「ジンのおかげだよ!ありがとね」
「お前が頑張った結果だろ?素直に喜んどけよ」ジンの言葉に、ラベンダーはまた最上の笑顔を見せてうんと答えた。
ジンをテーブルのところに残したまま、ラベンダーとフローラが朝食の準備をしにキッチンに行くと、一人になったジンは俯いて小さくため息をついた。明日の晩には里に帰らなくてはならない。多分ルナは、今日大学の合格通知が来ることを知っていたのだろう。ラベンダーの合格がわかった以上、自分がココに居る理由はもうなくなってしまったことになる。今日こそはきちんと言わなくてはと、顔を上げてラベンダーの横顔を見ながら思った。テレビからは、数日後に咲く宵待草の話題が流れていた。麓の町では、年に一度しか咲かない宵待草の花を観光の目玉にしている地方があり、自生地の周りではお祭り騒ぎになっているらしい。
「それにしてもすごい人だな」テレビの画面を見ながら思わずジンがそう漏らす。
「でしょう?私も毎年ものすごく楽しみだモン」朝食の片づけを終えたラベンダーが、いつのまにかジンの隣に座ってそう声をかけてきた。
「あ、でも心配しないで。私たちが行くところは、ココの近くで誰も他に人が来ない穴場だから」きっとキレイでびっくりするよ、とラベンダーは続けた。
「宵待草の花を見に行くのっていつだっけ?」
「だから、明後日の夜だよ」忘れたの?と抗議するような口ぶりでラベンダーは言った。
「やっぱり明後日か……」
「なに?」
「ごめん、俺……宵待草は見に行かれなくなった」
「え?なんで?約束したじゃない!」
「俺……明日帰らなくちゃいけなくなったんだ」
「え?」ジンの言葉に、ラベンダーは目を瞠ったまま固まってしまう。
「ほんとにごめん」
「なんで?なんで?約束したのに!この前はいいって言ったじゃない!宵待草を見てから帰ればいいじゃない?一日くらい大丈夫でしょ?」ジンの腕をグッとつかんで、ラベンダーは必死に言い縋ってくる。
「……」その姿に、ジンはラベンダーと目を合わせることが出来ずに顔を背けた。
「ラヴァン、ジンにだって都合があるのよ。そんなに無理を言わないで」
「なんで?どうしてそんなに急なの?昨日までそんなこと言ってなかったじゃない?ね、私からルナさんにお願いしてみるから、電話して!ね?ジン」
「無理なんだ。日にちは動かせないんだよ。急に決まって。約束したのにこんなことになって……本当にごめん」
「酷いよそんなの、私すごく楽しみにしてたのに!」
「だから、ごめん」
「もう、ジンはココのことなんてどうでもいいんだ」
「そ、そんなことない!」
「だってそうとしか思えないでしょ?また遊びに来てねって言ってもいい返事しないし、約束は破るし!」
「だからそれは……」
「いいよもう!」
「だから、もう俺……ココに来たくてもこられないかもしれないんだよ」
「知ってるわよ、帰ったら忙しいからココに来る暇なんてないんでしょ?」
「違う!」
「違わない!」
「俺が帰るところは……、俺は……、人間じゃないから……」
「……へ?」
「だから……、俺はもうココには戻ってこれないかもしれないんだ」
「サイテー!!」
「!?」
「そんな下らない嘘ついてまで、ココに来たくないなんてサイテーって言ったの!」
「う、嘘じゃない!」
「はぁ?わけわからない!なによ、人間じゃないって!嘘をつくならもうちょっとましな嘘をつきなさいよ!私を子ども扱いするのもいい加減にして!そんなにココから出て行きたいなら、さっさとどこにでも行けばいいじゃない!知らないもう!」
ラベンダーは一気に言い放つと階段を駆け上がって自分の部屋へ行ってしまった。
「ラヴァン!」ラベンダーの後姿を呆然とジンは見送るしかなかった。彼女が信じないのも無理はない、しかし、もう少しきちんと話をしようと思っていたのに……。自分が情けなくて、どうしようもなかった。
「ジン、やっぱりラヴァンには私から話すから」みかねたフローラが声をかける。
「いや。俺もう一度話してきます。ラヴァンが信じてくれないのも無理はないし……」
「ラヴァン?俺だけど、入っていい?」
「俺なんて知らない!勝手に入ってこないで!」
「ラヴァン、お願いだからちゃんと話をさせてよ!入るよ?」ドアを開けると、ラベンダーは机の前に座ったまま振り向こうとしなかった。
「ね、ラヴァン。ちゃんとこっちを見て」
「別に私は話すことなんてないから」
「俺にはあるから。いきなり、人間じゃないなんて言って信じられないのはわかるけど、本当なんだよ。俺は……」
いつもとは違い、微かにおびえるように震えた声で話すジンの様子に、思わずラベンダーが振り返る。ジンは、うつむいて肩を微かに震わせ、グッと拳を握り締めてなにかを堪えるようにして立っていた。
「本気で言ってるの?」
「う……ん」消え入りそうな小さな声でジンが呟く。
「人間じゃないって?」
「俺は……、俺は魔法使いなんだ」
「え?」