13. 幻のファーストキス 5
13. 幻のファーストキス 5
メリーベルの話をきっかけに、二人は思い出話に花を咲かせていた。たわいない話にもクルクルと表情を変え、時折、窓から差し込む春の日差しよりも眩しい笑顔を見せるラベンダーの姿を、ジンは目を細めてウンウンと頷きながら見ていた。そうしてジンは、ラベンダーと話をしていくうちに自分の中で少しづつココを離れる決心が固まっていくのを感じていた。日常の小さな出来事を積み重ねていくことで、人は幸せを感じ笑顔を見せるのだ。そして、自分が護るべきものはこの笑顔だ。それはきっと、外界もルードの里でも同じだと思う。しかし今、そのすべてがエルドラという魔道師によって奪い去られようとしているのだ。出来れば自分がココに居て二人のことを護りたいと思う。しかし、それは叶わない。だとしたら、ラベンダーの記憶から自分の存在を消さなくてはいけなくても、ルードの里に戻って力をつけることで、エルドラから彼女たちを護ろうと。
「ジン、ジン?聞いてる?」
「え、ああ、ごめんなんだっけ?」ラベンダーの呼ぶ声にジンは慌てて返事をする。
「だから~、ジンの夢ってなに?って聞いたの?」
「ゆめ?」
「うん。なにか、なりたいものとか無いの?」
「無いかな?」里に居た頃は、外界に出ることばかりを考えていて、それが夢だと思っていた。しかし、今は夢と呼べるようなことは無かった。
「え~?ほんとに無いの?」
「無い……」
「そっか、いつか見つかるといいね」
「ん?」
「ジンの夢。見つかるといいね」
「うん……」
本当はラベンダー達の笑顔を護ること、それが自分の夢なのだと伝えたい気持ちをジンはグッと堪えて、小さく頷くことしか出来なかった。
「今度の新月の日に決まったわ」
ラベンダーと思い出話をするようになってから一週間ほど経ったある日、ジンの元にルナが訪ねてきてそう告げた。
「え?新月の日?それって決定なの?」
「もちろんよ。覚悟をしておくように言っておいたでしょ?エルドラの仕業だと思われる黒い霧があちこちで発生し始めているから、もう時間の猶予は無いのよ」
確かに、ここ数日原因不明の黒い霧が発生し、木が枯れたり森の動物たちが変死をしたというニュースがテレビでも流れ始めていた。
「でも……」
「なに?なにか予定でもあるの?」
「うん……」
「ていうかあんた、もしかしたらラベンダーにまだ話してないの?」
「ん?ああ……」
「だめじゃない!」
「わかってる。わかってるよ俺だって。てかさ、どうしてもアイツの記憶消さなくちゃいけないのか?」
「当たり前でしょ?それに、もし記憶を消さないままアンタが里に帰ってごらんなさい、かわいそうなのはラベンダーよ」
「え?」
「外界のどこかに帰るんだったらまた会えるかもしれないけど、アンタが帰るのはルードの里よ!また会える保証なんかないのよ!」
「そうだけど」
「だとしたら、記憶を消してあげたほうが彼女はアンタを忘れるために辛い思いをしなくてもいいってことなのよ。メリーベルのときに彼女が辛い思いをしているのを見てきたでしょ?また同じ目にあわせるつもりなの?」
確かに、メリーベルがこの世を去ってしまった後、ラベンダーは本当につらそうだった。それを思うと、もう会うことは出来ないかもしれない自分の事を覚えていて欲しいと願うのは、自分のわがままなのだと思えてきた。
「エルドラのこともあるから、私とデュークで迎えにくるから」
ルナは用件だけを伝えると早々に里に戻っていった。新月の夜までは後二日しかない。それまでにどうやってラベンダーに伝えればいいのだろうか。
ジンはベッドに寝転んで天井を眺めて大きなため息をついた。