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ラベンダーの空  作者: 凌月 葉
12. 贈り物
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「甘い誘惑」  -バレンタインデー企画 SS-

「甘い誘惑」  -バレンタインデー企画 SS-


 今日は朝からラヴァンの様子がおかしい。

ずっとキッチンに篭りっぱなしで、なにやらごそごそとやってるんだ。そして、そのラヴァンが篭っているキッチンからは、さっきからずっと甘くて美味しそうな匂いが漂ってきている。


「またケーキでも焼いてるのかな?今日って誰かの誕生日だったっけ?」壁のカレンダーには特になにも書いてなかった。


 今日はロジャーさんが来る予定になってるんで、俺は店のデスクで出荷する薬と伝票のチェックをしている。なんせラヴァンが今朝からあの様子なんで、今日は俺が一人でチェックをしている。でも、冬のこの時期に出る薬の種類は大体決まっているから、一人でもあっという間に終わってしまった。あ~あ、なんか暇だな~。

「俺も、フローラと一緒に温室の整理でもしてこようかな?」そんなことをボーっと考えていて、ふと喉が渇いてきたので、水を飲もうとキッチンに行ったら……。


「あ~~。だめだめ!ジンは入って来ちゃだめ!」

「なんで?俺、喉が渇いたから水を飲みに来たのに」

「え?水?水なら洗面所でも出るでしょ?あっちで飲んで!」

「はぁ?せ、洗面所?なんで?」

「もう、何でもいいから、今はキッチンは立ち入り禁止なの!」

「なんだよ!水飲むくらいいいだろ!」

「ちょっと、私、忙しいんだから邪魔しないでよ!」

 俺はちょっと水を飲みたかっただけなのに、ラヴァンにものすごい勢いで追い出されてしまった。仕方が無いので、しぶしぶ洗面所に行くことにした。


「ったく、なんだよ!あんなに怒らなくていいじゃないか!」

 洗面所でブツブツ言いながら水を飲んでいると、バロンが足元にじゃれてきた。バロンも水を飲みたいらしい。バロンのボールに水を入れて床に置くと、バロンはものすごい勢いで水を飲み始めた。


「なんだ、お前も喉が渇いていたのか?そりゃそーだよね?朝からあんな甘い匂いを嗅がされたら、お前だって喉が渇くよな?」水を飲み終わったバロンの頭をくしゃくしゃ撫でてやったら、バロンはワン!と一声吼えた。


「でもさ~、なんでラヴァンあんなに機嫌悪いんだろ?俺、なんかしたっけ?お前知ってるか?」

そういってバロンの顔を覗き込むと、バロンはクゥ~ンと鼻を鳴らして小首を傾げた。




 いつもの時間になっても、ロジャーさんは姿を現さなかった。

「雪道には慣れてるはずなんだけど、何かあったのかしら?」フローラが、心配そうに時計を見ながら呟いた。

「俺、見てきます」

「え?でも」

「大丈夫。確かに遅すぎるから、どこかで立ち往生してるかもしれないし」

「そ、そうね。じゃあ、気をつけてね」

 俺は、ブルークリスタルデイにラヴァンにもらったマフラーを手にとった。ラヴァンがくれたマフラーは、結構長くて何回も巻けるからすごく温かいんだ!マフラーをグルグルッと巻きつけて、コートを着込んでガレージに向かった。雪かき用のスコップと、ロジャーさんの車が立ち往生してしまったときのために、タイヤの下に敷く板やロープなんかを車の荷台に積み込んだ。

「くぅ~ん」

足元にバロンがじゃれてきた。お前も行くか?と俺が言うと、バロンはワンと一声吼えて勢い良く助手席に飛び乗った。

「ジン。くれぐれも気をつけてね」

「はい。じゃあ、行ってきます」

フローラに手を振って、俺は車に乗り込む。


 それから暫くして俺は、雪の中で立ち往生していたロジャーさんを救い出し家に戻ると、真っ先にラヴァンが出迎えてくれた。


「ジンお帰りぃ~。お疲れ様ぁ!」

「うん。ただいま!」


お?なんかわかんないけどラヴァンの機嫌は直ったらしい。とりあえずよかった!


「ロジャーさん、大変だったわね。お疲れ様」

「ああ、ジンに迎えに来てもらって助かったよ!ありがとな、ジン」

「お礼なんていいですよ。ロジャーさんが雪の中で困ってるかも?って思ったら、じっとしていられなかっただけですから」

「それにしても、フローラ。ジンは大したもんだぞ!俺の車を雪の中から引っ張り出してくれる手際のいい事ったら無かったぞ!まるで魔法みたいだったぞ!」

「え?魔法?」ロジャーさんの言葉に思わず俺が振り向くと、フローラがふふっと笑った。


「まあ、そんなに手際よく鮮やかに助け出してくれたんですか?」

「そりゃもう、凄かった!」

「お、俺、魔法なんて……」

「まあ、そんなに鮮やかだったなら、私も見たかったわ!」

口を開きかけた俺の言葉をさえぎってフローラはそう言うと、俺にだけ小さくウインクして見せた。

「ほんとに、二人に見せたいくらいだったよ!」

興奮気味に饒舌に語るロジャーさん。すると………

「え~、私も見たかったな~。でも、それにはロジャーさんにもう一回立ち往生してもらわなきゃらないね?」ラヴァンが俺の横から顔を出してロジャーさんに言った。


「ええ?そいつは勘弁してくれよ!こっちは本当に遭難するかと思ったんだから!」

「やだな、ロジャーさん冗談だってば!」

そうとう怖い思いをしたのか、勘弁してくれ!慌て始めたロジャーさんを囲んで、みんなで大きな声で笑った。


 帰りもいつもより時間がかかりそうだから、荷物を積んだら直ぐに帰るというので、俺は急いでロジャーさんの車に荷物を積んだ。すっかり荷物を積み終ってロジャーさんを見送ろうとしたとき、キッチンからものすごい勢いでラヴァンが飛び出した来た。


「ロジャーさん、忘れ物!忘れ物!」


へ?忘れ物?俺、今日の積荷は全部チェックしたけどな?なんて思っていると……。ラヴァンがキレイにラッピングした小さな箱をロジャーさんに差し出した。

「ああ、そうか。今日は…。いつも悪いね」

あ~、そうだったのか!今日はロジャーさんのバースデイだったのか!


「バレンタインなんて、ラヴァンからしかもらえないからな~」

ばれんたいん?バースデイじゃなくて、ばれん……、ってなんだ?里では聞いた事が無い言葉だ。


「今年は、ガトー・ショコラにしたからね」

「おお、そりゃ頑張ったな!」

「ふふふ、まあね!」褒められて嬉しそうに笑うラヴァン。すると、ロジャーさんはチラッと俺を見た。


「そりゃそうか!ジンは頼もしいし、なにより男前だもんな~?」へ?なに俺?


「い、嫌だなロジャーさん。そんなんじゃないって!ロジャーさんが楽しみにしてくれてるからと思って、毎年頑張って作ってるんだよ?」

「なんだ、照れるな照れるな!おっとこんな時間か、じゃあ俺は帰るな」

「あ、ちょっと待って。これも持っていって!」

「ん?」

「ロジャーさんお昼食べてないでしょ?だから、サンドイッチを作っておいたから、帰り道で食べて」

「おお、ありがとう!それじゃあ」


 ロジャーさんを見送ったあとリビングに戻ってくると、ラヴァンがさっきロジャーさんに渡したのと同じようにキレイにラッピングされた箱を俺に差し出してきた。


「なにこれ?」

「え、だから……。これはジンの分」

「俺の…分?」

「ほら、今日はバレンタインでしょ?だから…」

「ばれん…たいん?」んん?ばれんたいんってなんだ?でもとにかくこれは俺がもらっていいものらしい。


「……、あ、ありがとう」

「やだな、そんな神妙な顔して。ほら、あの義理っていうかぁ~。えっと、別に義理ってわけでもないんだよ?最近はさ~、普段お世話になってる人に、いつもありがとうございますって意味で、お礼チョコ贈ったり。…あ、友チョコって言うのもあるじゃない?だから、そんな感じかな?」


ギリ?オレイチョコ?トモチョコ?んんん?ますます意味不明だ。


「えっと、とりあえずあけていい?」

「うん、もちろん!」

 ラッピングを開くと、美味しそうなケーキが入っていた。ふんわりと膨らんだそのケーキからは、甘いチョコレートの香りがした。


「うわ、美味そう!そっか、さっきこれを作ってたのか」

「うん。それでちょっと取り込んでたもんだから、ごめんね『洗面所で水飲んで』なんて言って」

「いや、いいってそんなこと。それよりこれ食っていい?俺もう腹ペコで」

「あ、そうだよね。どうぞ召し上がれ!」

「やった。じゃあ頂きま~す」俺が箱からケーキを取り出した途端、俺の前に大きな影が躍り出た。


「うわぁ~!!」

バクッ!!陰の正体はバロンだった。

「あ~~、もう、バロンの馬鹿!!」


 顔を真っ赤にして怒るラヴァンを尻目に、俺の手の中から箱ご横取りしたバロンは、パクッと一口でケーキを食べると、カラになった箱までべろべろと舐めていた。


「しょうがないよ、バロンも腹が減ってたんだろ?勘弁してやれよ」

「え?勘弁なんてできるわけ無いでしょ?だって、バレンタインのチョコだよ?男の子にとってはそんなものかも知れないけど、女の子にとっては一大事なんだからね!」

ええ?ば、ばれんたいんってそんなに大変なことなのか?

「……。ごめん」


「ほらほら、ラヴァン。もうそれくらいにしてあげたら?ジンだったバロンだって、お昼も食べずに、ロジャーさんを迎えに行ったりしてお腹が空いてたのよ。ケーキまだあるんでしょ?それをジンにあげればいいじゃない?」

「だって、他のはあまりキレイに膨らまなかったんだもん。何度も焼きなおして、やっとキレイにできたやつだったのに……」

「俺は、ラヴァンが作ってくれたものなら、何でも嬉しいよ。せっかく作ってくれたんだから、もし他のがあるなら是非食べたいんだけど、だめかな?」

「え?だめだなんて、そ、そんなこと無いけど。じゃあ、他のを持ってくる。かっこ悪くても笑わないでね?」

「うん。当たり前だろ?」



「うわぁ~、これすげ~美味い!!」

「ほ、ほんと?」

「うん。まじまじ!朝から、いい匂いしてたもんな~」

「なんか不恰好じゃない?」

「え?そうかな?食べて美味けりゃいいんじゃない?」

「そっか、それもそうだね?よかった」

さっきまで泣きそうな顔をしていたラヴァンが、俺の大好きないつものラヴァンの笑顔を見せてくれた。

それにしても、ばれんたいんってなんなんだ?


 キッチンの片づけをしてくるとラヴァンが席を立ったあと、フローラがこっそりとバレンタインについて教えてくれた。好きな人にチョコレートを贈って告白する日だったなんて知らなかった!


「ええ?それって、それって?え?」

「でも、ほら、さっきラヴァンも言ってたでしょ?最近は、お世話になっている人とかお友達にも贈るらしいから。だからロジャーさんにも渡したんだし。いつもジンにお世話になってるから、きっとあの子なりに感謝の気持ちを示したかったんじゃないかしら?」

「そ、そうでしょうか?」

「あら、気になるなら自分で確かめてみたら?」

「え?」

聞けるか?そんなこと?聞けねーよな?


ラヴァンにとって俺ってどういう存在なんだろう?いや、俺にとってラヴァンは?

その日の夜、俺はずっと寝付けないまま天井を眺めていた。



- end -


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