12. 贈り物 5
12. 贈り物 5
「なんだ、こんなところに居たのか?」
温室の片隅で、膝を抱えてうずくまるように座り、膝にあごを乗せて自分の手のひらを眺めてたラベンダーに向かって、ジンが声をかけた。ルナとロジャーを見送った後、ラベンダーの姿が見えないことに気がついて、ジンは家中を探して回っていたのだ。ルナと話をしている時から、なんとなくラベンダーの様子はおかしかった。そのことがジンは気になっていたのだ。ジンの声にビクンと体を起こしたラベンダーは、眺めていた自分の手を慌てて後ろに隠した。
「どうした?何か考え事か?」
ジンは、ラベンダーの隣に座りながら声をかける。ラベンダーは、なにか悩み事があったり落ち込んだりするといつもココにくるのだ。
「なんでもない」
大げさに首をブンブンと横に振るラベンダーを横目で見ながら、ジンは少し低めの強い声で静かに「ラヴァン」と名前を呼ぶ。その途端にラベンダーはまた俯いてしまった。
「なんだよ、なにか気になってることがあるならちゃんと言えよ」
ジンは、ラベンダーの顔を覗き込んだ。しかし、ラベンダーは俯いて視線を逸らしたままだった。ジンは座ったまま、うーんと軽く伸びをして壁に寄りかかる。暫くしてから、やっとラベンダーが小さな声でジンに話しかけてきた。
「ねえ、ルナさんってなにやってる人?」
「なにって、仕事?」
「うん」
「幼稚園と小学校の音楽の非常勤講師してるけど、なんで?」
ラベンダーが落ち込んでいるのは、てっきり自分が実家に帰ってしまうことが原因だと思っていたジンは、少し拍子抜けした様子でそう答えた。
「そうなんだ。私、モデルさんでもやってるのかと思った……」
「モデル?はぁ?なんでっ?」プッと噴出しながらジンが言う。
「だって、すごくキレイだったから……。ジンのお姉さんだから、きれいな人なんだろうなって思ってたけど、想像以上にキレイだったから、モデルさんでもしてるのかって思ったの」
「そうか~?別に普通だろ」
「ジンは家族だからそう思うんだよ。私はルナさんって、すごくきれいだと思う。スタイルもいいし。だからモデルさんなのかな?って思ったの。それに……」
「それに?」
「手も」
「手?」
「うん」
「手がどうかした?」
「ルナさんの手、すごく白くてきれいで、指も細くて。女優さんみたいだった」
ジンは、『女優』という言葉に思わず噴出しそうになるのをグッと堪え、「そうか~?」と答える。
「うん。なんか私の手なんて、傷だらけでガサガサで……なんか恥ずかしくなっちゃって」
家事と山仕事をこなしてきたラベンダーの手は、同じ年代の女の子からしたらかなり荒れてしまっている。ルナも家では家事を手伝ってはいるはずだが、主に母が家事をしているのでルナの手が荒れるようなことはなかった。ラベンダーは居間でルナと話していて、自分の手とルナの手を見比べてその違いを恥ずかしいと思ったのだろう。ラベンダーは本当に恥ずかしそうにうつむき、最後はもごもごと口ごもっていた。
「なんだ、そんなことを思っていたのか」ジンが、ふっと笑ってそういうと、ラベンダーがいきなり怒り出した。
「そんなことって……。ジンにはわからないよきっと。もういい!」
「そんなに怒るなよ。俺はさ、ラヴァンの手好きだけどな」
「え?」
「優しくて、働き者で」ジンはそういうと、後ろに隠していたラベンダーの手をとり緩く握り締めた。
突然のことに、ラベンダーは驚きと戸惑いの入り交ざった表情をする。ジンは、もう一度ラベンダーの手をそっと握り締め、
「俺はラヴァンの手、大好きだしとっても大事だよ。だって、俺の命を助けてくれた手だもん」な?っといいながらラベンダーの顔を覗き込む。
「ジン……」ラベンダーは、頬を少し染めて俯く。ジンは、そんなラベンダーの顔にチラッと見てから、またラベンダーの手に視線を落とした。
「まあ、たまに雪合戦で強い玉を俺にぶつけてきたりして、意地悪もするけどな」
その言葉を聞いて、ラベンダーは少しバツが悪そうな顔をして視線を上の方に逸らした。
「またやろうな、雪合戦」
「え?あ、うん」
「今度は負けないから!」
「無理、無理」ラベンダーは嬉しそうに笑ってそういった。
ようやく笑顔を見せたラベンダーの顔を見て、この笑顔が見られるなら、またこの次の雪合戦でも勝ちを贈ってあげようとジンはそんな風に思った。外の寒さとは切り離され、春のような暖かさを保った温室には、ほのかに花の香りが漂い静かで穏やかな時が流れていた。