11. お告げのほこら 3
11. お告げのほこら 3
その後、ロジャーからは何も連絡が無かった。フローラとジンはそっと頷き合い、メリーベルの病状が回復してくれることを願っていた。しかし、夕飯が終わってジンが自室に居ると、フローラが慌てた様子でジンの部屋に飛び込んできた。
「ラヴァンが、ラヴァンがいないの」
「え!」
「いまさっきまではリビングに居たはずなのに。テキストも下に置いたままなの」
「さっき電話が鳴ってたみたいですけど、フローラが取ったんじゃないんですか?」
「ええ、私はお風呂に入っていたものだから……」
「じゃあもしかして……」
ジンとフローラがリビングに降り立つとまた電話が鳴り、フローラは飛びつくように電話に出た。
「え、ええ!!そ、そうなの…………。いいえ、ありがとう。はい、それじゃあ」
「どうしたんですか?」
「メリーベルが亡くなったそうよ……」
「えっ!」
「さっき、メリーベルが危篤状態になって、うわごとでラヴァンの名前を呼んでいるから、ご両親が一目あって欲しいって……、それで明日迎えに来ると電話をしたそうなの。でも、その必要がなくなったからって……」
「え?それじゃあその電話をラヴァンが?」
「ロジャーさんは、ラヴァンが知らないとは思ってなかったらしくて……」
「じゃあラヴァンは……ロジャーさんのところに?」
「そうかもしれないわ」
「でも、ラヴァンのコートはそこに……」すると、バロンが店のドアをシュッシュッと前足で擦った。
「って、あいつコートも着ないで飛び出したのか?!」
ジンがラヴァンと自分のコートを手にしてドアを開けると、真っ先にバロンが飛び出した。ジンもバロンに続く。外は、風がゴウゴウと唸りを上げて吹き荒れていた。見渡す限り漆黒の闇に包まれ、ドアからもれる灯りの中だけに白い矢のようなみぞれの粒がとおり過ぎて行くのが浮かんで見えた。
「ワン、ワン」慌ててバロンの声がする方にジンが顔を向ける。
「アイツ……。フローラ、ラヴァンは山に入ったらしい。多分、白い花を探しに行ったんだ!」
「え?白い花?」
「詳しいことは後で話します。俺探しに行ってきますから!」ジンはそういい残すと、バロンの後を追って急いで山道を駆け上がった。
山を昇っていくにつれ風の勢いが増し、みぞれの粒はまるで石のつぶてのような勢いで顔や体に叩きつけられた。気温もかなり低い。風とみぞれとに行く手を阻まれなかなか前に進めないことに、ジンは苛立ちを覚えながら必死にラベンダーの姿を探した。この状況ではバロンも鼻が利かないのだろう。山道に鼻を擦り付けるようにして、うろうろと匂いを探し回っていた。
「バロン。おまえはもう戻れ」
ジンはバロンの前に屈み、バロンの顔を覗き込むようにして言った。バロンは困った顔をしているように見える。
「ラヴァンは俺が必ず連れて帰るから、おまえはフローラのそばに居てあげて。いい?」そう言って、ジンはまたバロンの目を覗き込む。
「ワン」バロンは一回大きく吼えると、踵を返して山道を一気に駆け下りて行った。バロンの姿を見送ってから、ジンはまた山道を登り始めた。先日ラベンダーが、白い花があるかもしれないと言ったポイントを目指した。ここのところの天候不順で、そこにはまだ捜しに行けていなかったのだ。
そこは、急な山道を登った崖の上だった。この天候では、途中の山道で足を滑らせてしまっているかもしれない。そう思うと気持ちが焦った。どれくらい登ってきただろうか?ジンはふと、視界の先に何かフラフラと動くものを見つけた。ラベンダーが少し先の山道を歩いていたのだ。左側にはかなり切り立った崖が続いている細い山道だ。ラベンダーは時折、右手の山を見上げたり崖を覗き込んだりしている。多分、白い花を探しているのだろう。
「ラヴァン!」
ジンは大声でラベンダーを呼ぶが、その声は嵐にかき消されてラベンダーの耳には届いていないらしい。ジンは直ぐにもそこに駆けつけたいと思ったが、道は山に沿ってうねっており、直ぐには追いつきそうに無い。ジンは駆け出してラベンダーのところに急ぐ。すると、あともう少しで追いつきそうになったとき、崖を覗き込んでいたラベンダーが足を滑らせた。
「あ!」
ジンはラベンダーを追って谷に飛び込む。それと同時に、バサッっと音がしてジンの背中に大きな羽が現れた。ラベンダーの体が地面に落ちる直前でのところで、ジンはラベンダー抱きとめることができた。そのまま、崖にそって飛び嵐をよけるためにくぼみに降り立った。
「ラヴァン?ラヴァン!」 大声でラベンダーに呼びかけるが、返事は無かった。そっと頬に触れると氷のように冷たい。
「ラヴァン、しっかりして。ラヴァン!」
ジンはくぼみの奥に身を寄せ、しっかりとラベンダーを抱き寄せてから、自分とラベンダーの2枚のコートをかぶせた。そして、風よけのために背中の羽で自分の体ごとラベンダー包むようにした。そうして、少しでも体を温めようとした。
「ラヴァン?」 ラベンダーの顔に頬を寄せて呼びかけるが、ラベンダーは一向に声を上げることなく、荒い息を吐くだけだ。なにか他に出来ることはと一生懸命考えを巡らすが、焦るばかりで何も浮かんでこない。
「お願い目を開けて。ラヴァン!」
ジンはラベンダーをぎゅっと抱きしめて名前を呼び続けることしか出来なかった。