10. 親友 3
10. 親友 3
学院からの帰り道、ジンは二人の上級生に待ち伏せをされた。ジンが上のレベルの授業を受けることになり、その同じクラスにいた男子生徒だった。
「ようジン。今帰りか?」
「んぁ?なんか用かよ」
「お前里長の息子だからって、ずるしてんじゃねえよ!」
「俺は別にずるなんかしてない」
「じゃあなんでお前が、魔法実技のレベル5クラスにいるんだよ?」
「そーだよ。魔法実技は、クリア試験が結構難しいのに、全部一回でパスするなんて、ずるでもしなかったら出来るわけ無いだろ!」
「俺はずるなんかしてない!」
「じゃあ、ずるじゃなかったら、えこひいきだ!」
「そうだ!里長の息子だからって、先生からえこひいきしてもらってるんだ!」
「ひいきなんてしてもらってない!」
「えこひいきしてもらってなかったら、そんな簡単にクリアなんか出来るはず無い!」
「そうだ!俺なんか、何回も落ちてやっとここまで来たんだぞ!」
待ち伏せていた二人は、ジンよりも2歳年上だった。別に彼らの進級速度が遅いわけではなかったのだが、ジンは魔法実技が得意だったために2学年上の授業を受け始めていた。しかし、彼らにしてみれば、それはプライドが許さなかったのだろう。そのために、ジンがずるをしたか、先生からひいきをしてもらっているのだと言いがかりをつけてきたのだ。
「ところで、今日は用心棒は一緒じゃないのかよ?」
「用心棒?……あ、兄貴のことか?」
実はジンは、今回のように待ち伏せをされて言いがかりをつけられるのは初めてではなかった。大概の場合それは上の学年の人間が多かったが、それでもジンはその相手とのケンカに負けたことはなかった。それはたぶん、五歳も歳の離れたデュークと遣り合って来たからだろう。そして先日、そうしてケンカをしている現場に偶然兄が通りかかりケンカの仲裁に入って来たのだ。多分相手はそのことを言っているのだろう。
- あんな連中は相手にするな。同じ魔法でも、お前の方が魔力が上だから、絶対にお前のほうが強いに決まってる。だから絶対手をだすな! -
ジンは、先日のケンカの後で兄から厳しく言い渡された言葉を思い出していた。
「用心棒が居なけりゃ、お前なんかに負けないんだよ!」
一人がそう言い放つと、いきなりジンに向かって飛び掛ってきた。
(うわっ、いきなりかよ!)慌ててひらりと飛んで攻撃をかわすジン。
「逃がすか!」そこへもう一人が飛び掛ってきた。ジンは不意をつかれて突き飛ばされる。
-絶対に手を出すな!-
兄の言葉が脳裏に浮かび、ジンはバリアを張るだけで応戦できずにいた。その当時のジンのレベルで張れるバリアは、魔法攻撃には有効だが直接の攻撃にはあまり有効ではなかった。しかも、2歳の年齢差はそのまま体格の差につながる。結局ジンは、そのまま上級生二人にぼこぼこにされてしまった。
「痛てー」
殴られて口の中が切れたのか、鉄さびのような味がする。拳で唇の端を拭うと、手の甲にすっと赤く筋がついた。道端で大の字に横たわったまま、ジンはボーっと空を見上げていた。悔しくて、悔しくて……、喉の奥から苦くて熱いものが込み上げてくる。でも、こんなことで泣くのはもっと悔しい気がして、ジンは痛む唇をグッとかみ締めて空を睨む。すると、遠くから自分の名前を呼ぶ声がした。体が痛くて、起き上がって振り向くのも面倒臭くて、ジンはそのまま寝転んでいた。
「やっぱり、ジンじゃないか!どうしたんだよそんなに怪我して!」
二つの陰が自分の顔を覗き込んできた。幼馴染のタカヤとアッシュだった。二人ともジンよりも一つ年上だったが、家が近かったので小さい頃からよく3人で木登りをしたり悪戯をしたりして遊んでいた。タカヤは面倒見のいい親分肌で、アッシュは細かいことに良く気がつく気のいいやつだった。今、ジンとタカヤとアッシュ、それと先ほど言いがかりをつけてきた連中は、魔法実技で一緒のレベルの授業を受けていた。
「大丈夫?起き上がれる?」アッシュは、普段は零れ落ちそうなくらいの大きな目を、心配そうに細めてジンの顔を見た。
「平気だよこんなの」ジンは、ふいっと二人から顔を背けた。
「魔法実技のやつらにやられたのか?」タカヤが少し震えた声で尋ねてきた。
「ああ」ジンは相変わらず顔を背けたまま、愛想なく答える。
「ちょっと冷やしたほうがいいよね?僕ね、治療術がちょっと使えるようになったんだ。今やってあげるね」
そういうと、アッシュは大きな目をグッと一回瞑って深呼吸をしてから、ジンの顔の上に手のひらをかざして治療を始めた。
「いらねえよ!そんなもん」ジンはアッシュの手を払いのけてグイッと体を起こした。
「痛てっ!」体を起こした途端にわき腹に痛みが走る。
「おまえ無理スンナよ、ほら」タカヤが見かねたようにジンの体を後ろから支えてくる。背中にタカヤのぬくもりを感じて、ジンはふっと自分の心が緩むのを感じた。心配そうに覗き込んでくるアッシュの顔が滲んで見える。
ポタッポタッ……。我慢していたはずの涙が零れ落ちてきた。
「どうせまた、『ずるをした』とか因縁つけてきたんだろ?クッソー、やつら、今度見つけたらただじゃおかねぇ!」指をコキコキっと鳴らしながらタカヤが言う。
「ほんとだよ!ジンが手出し出来ないの知っててこんなことするなんて!」
タカヤとアッシュは、ジンがデュークに手を出すなと念を押されていることを知っていたのだ。
「いいよもう、放っといてくれよ!」
ジンは手の甲でグイッとなみだを拭うと、二人の手を払って立ち上がった。
「でも、こんなことされて悔しいじゃん」アッシュが慌てて、よろけるジンに手を貸そうとする。
「そうだよ!レベルが上がったのはジンの実力じゃないか!それに、俺だってアッシュだって1レベル上のクラスに上がってるんだぜ。上に上がれないのはヤツらのせいなのに!」タカヤは自分の事のように憤慨している。
「ケンカを吹っかけられたのは俺なんだから、お前らには関係ない!だからもう放っといて!」
ジンはそう言い放ってアッシュの手を振り解くと、痛い体を引きずるようにして歩き始めた。後ろから二人が自分の事を呼ぶ声が聞こえていたが、一度も振り返ろうとはしなかった。