9. 白く輝く花 2
「まほろば草なんていう花があったんですね。俺、知らなかった……」
「ええ。今まで咲いたところを見たことがなかったし、私もすっかり忘れていたんだけど」
「大丈夫でしょうか?」
「まほろば人のことは、私が上手く誤魔化しておくから」
「よろしくお願いします」ジンはそういうと薪割りのために、裏庭へ向かった。
ジンが斧を高く振り下ろすたびにカランと乾いた音がする。ハァハァと吐き出される息は、白く小さい雲になって消えたが、ジンの額には薄っすらと汗がにじんでいた。
「ご精が出ますこと」ジンの後ろから聞きなれた声がした。
「あ、姉貴……。おまえっ、ちょっと……。ばか、そんなところにいたらラヴァンに見られるだろうか!」
ジンは慌ててルナを庭の奥のほうに連れていこうとした。
「あはは、慌てなくても大丈夫よ。誰もこっちにはこないから」
「え?お前……。あの二人になにした!」いきなり噛み付くように怒鳴るジン。
「やだ、何にもしてないから。ちょっとここに近寄れないように結界を張っただけよ」
ジンは、ホッとした顔をすると隅に詰まれた木材に腰をかけた。
「で、なんの用だよ」
「姉がわざわざ来たっていうのに、随分冷たいじゃない」
「俺はまだ帰るつもりはないからな!」
「分かってるわよ、そんなこと。ただ、ちょっと耳に入れておきたいことが出来たのよ」
「え?」
「エルドラの足取りが分かったのよ」
「エルドラの?」
「ここからは、二つほど向こうの国なんだけど、どうやらそこにいるらしいわ」
「居場所がわかってるんなら、なんで早く捕まえに行かないんだよ!」
「分かってるって言っても、まだ詳しいことは分からないのよ。それと……」
「それと?」
「魔法使い狩りを始めた奴がいるらしいの……」
「魔法使い狩り?」
「でも、それがエルドラと直接繋がっているかどうかまでは分かってない。ただ、もしかしたら、あんたのことを探しているのかもしれないの」
「え?」
「前にも言ったけど。エルドラの魔力に耐えられる肉体の持ち主なんて、そう外界には居ないでしょ?」
「そういうことか……」
「ただエルドラも、ずっと封印されていたあの状態じゃあ、一年くらいは動くことは出来ないと思うから、まだ大丈夫よ。私もここの周りに結界を張ったし……」
その言葉を聞いて、ジンはふうと大きなため息をつく。
「そういえばあんた、自分の魔力が上がってるのに気づいてる?」
「え?」
「やっぱり。ま、魔法を使うこともないみたいだし、気がつくわけないか」
「あ、もしかして……。まほろば草が2つ咲いたのは、俺と姉貴の分?」
「そう」
「そうだったのか……」
「あのさジン?」
「ん?」
「まほろば草はね、普通なら封印の解かれていないあんたのレベルの魔法使いに反応して咲くことはないはずなの、でも咲いたでしょ」
「でも俺、魔法の修行なんてしてないぜ?」
「さて?なんででしょうね?」クククっとルナが笑う。
「なんだよ、気持ち悪いな」
「『キャー、うれしい!チュッ』だってさ」アハハと笑うルナの横で、慌てて頬を押さえてジンは顔を赤くする。
「なんだよ、見てたのか?相変わらず趣味わりーな」
「別に、ラベンダーちゃんにチュッてしてもらったから魔力が上がったわけじゃないわよ。ただ、なんていうか、あんた自身の気構えが変わったことかな」
「え?」
「魔法は、ある意味気持ちや想いの力を魔力に変えてるわけだからね。だから、誰かを大事だとか、護りたいとかって思う気持ちが強くなれば、それだけ強い魔力が生まれるってこと」
「あ……」
「とにかく。前のあんたと違って、今のあんたの魔力は数段上がってるから、下手するとその波動をエルドラに拾われる可能性があるの。ここに長く居たいと思ったら、ちょっと押さえるように意識して。いい?」
「分かった」
「話はそれだけ。……クククッ」笑いをかみ殺しながらルナはチラッとジンの顔を見る。
「なんだよ……」
「それにしても。あれだけ里で女の子に囲まれて、彼女をとっかえひっかえしてたあんたが、チュッってされただけで固まって顔を赤くするなんてね?」
「別に……、あれは……。突然でちょっと驚いたっていうか……」
「あっそ。ま、せいぜい頑張って」
「あ、あの……、姉貴。わざわざ、ありがとう」
「え?……ジン」
「ん?」
「驚いた、あんたがお礼を言うなんて。……ママに……その言葉、ママに聞かせてあげたい。びっくりするわよ」
「え?お袋に」
「うん。ママ、何も言わないけど、ずっとあんたの事心配してるのよ」
「そっか。そうだよな。まだ帰れないけど、皆にもよろしく伝えてください」ぺこっと頭を下げるジン。
「わかった……。ジン、あんた、いい顔するようになったわね」
「え?」
「ううん、なんでもない。あ、そうだ。近いうちに挨拶に来るから」
「はぁ?」
「ずっとお世話になりっぱなし、というわけに行かないでしょ?またその件で打ち合わせにくるから。ここの周りの結界の様子も気になるしね」
「分かった。その色々とお世話かけます」
「いいえ、どういたしまして。それじゃあね」
ジンは、ルナの姿が消えた場所を見つめてルードの家を思い浮かべた。母はどこかフローラに似たところのある人だった。いつか家に帰ったら、ちゃんと今回心配かけた事を謝って、いままでのお礼も言おう!さっきラベンダーに、小さなキスをもらった頬にそっと手を添えながら、ジンはそんな風に思った。