9. 白く輝く花 1
9. 白く輝く花 1
冬を迎えると、重くねずみ色をした雲が垂れ下がるような日が続き本格的な寒さがやってきた。しかしそんな表の寒さとは関係なく、ラベンダーハウスの温室はまるで春のような暖かさが保たれている。その日ラベンダーは、朝から温室の花の水遣りをしていた。
。窓の外を訝しげに眺めたジンは、しっかりと身支度をして部屋を出る。近頃では、薪割りはすっかりジンの日課になっており、午後から一雨きそうな気配なので朝のうちに薪割りを済ませてしまうつもりだった。ジンがリビングに降り立ち、フローラに声をかけて店から表に出ようとしたときだった。
「きゃーーー」温室からラベンダーの叫び声が聞こえた。
「なに?どうした?」ジンが慌てて温室に向かうと、温室の入り口でラベンダーと鉢合わせした。
「ねねね、やったのやったの!もう、嬉しい!!」
ラベンダーはすっかり興奮した様子でそう叫ぶと、いきなりジンに飛びついて来て、そしてその瞬間。
- チュッ - ジンの頬に柔らかいものが、微かな音とともに掠めた。
(え?……)その途端に心臓の鼓動がドクンっと大きく跳ね上がり、そのまま固まって動けなくなるジン。バタバタバターッ。気がつくとすでにラベンダーは、けたたましい足音とともにキッチンのフローラのところで大きな声で話をしていた。
「フローラ聞いて!まほろば草が咲いたんだよ!それも2つも!!すごいでしょ?すごいでしょ!」
(あの……。いま確かに、チュッて……)
ジンが自分の頬に手をあててみると、すこし熱を持っているのがわかる。が、当のラベンダーはなにも気にしていないらしい、来て来てとキッチンのフローラの手を引いてこちらに向かってくる姿が見えた。
「あれ?ジンどうしたの?顔赤いよ?」温室の入り口で立ち尽くしたままのジンの顔を覗き込んでラベンダーが言う。
「え……。あ、あはは、な、なんでもない。なんでも……」誤魔化すように、大げさに手を振るジン。
「そう。あ、そうだ、ジンも来てよ、ほら!」ラベンダーは、空いているほうの手でジンの手首をつかむと、二人を引き連れて温室の奥へと向かった。
「ね、見て!すごいキレイでしょ!」
ラベンダーの示す先に、妖精の羽のように薄く透明な花弁の花が咲いていた。その花弁はわずかに白い光を放っているようにも見えた。
「わ、ほんとだ、すげーキレイ」
「あら、ほんと」感嘆の声を上げるジンとフローラを、ラベンダーは満足そうに眺める。
「まほろば草っていうんだよ」ジンの後ろからラベンダーが声をかけた。
「まほろば草?」
「うん。図鑑を見てもね、写真が載ってないくらい滅多に咲かないの」
「へ~そうなんだ。すごいなそれ。やっぱ育てるの難しいのか?」
「もちろん!」ラベンダーは自慢げに答える。
「この花が咲くには、ちょっと特殊な条件がいるって昔から言われているのよ」フローラが静かに口を開いた。
「特殊な条件?」なにか含みを持った口ぶりのフローラに、ジンが尋ねる。
「ええ……」
「まほろば人が近くに居ないと咲かないといわれているの」ラベンダーは、まほろば草を眺めながらそう言った。
「まほろば人って……」慌ててジンが振り向くと、フローラが静かに頷く。
まほろば人とは、魔法使いのことだ。遥か昔、人は魔法使いの事をそう呼んでいた。そしてこの花は、魔の波動に反応して育ち花を咲かせる特徴をもっていたのだ。本当なら、とうの昔に朽ちてしまったのかもしれないが、魔法使いの末裔であるこの家だからこそ今まで枯れずにいたのだろう。そしてそこにジンがやってきたことで、花を咲かすまでに成長したのだ。しかしラベンダーは、自分の尽力によって花が咲いたのだと思い喜んでいるのだ。
「でも、珍しい花が咲いてよかったじゃん」
「うん。ほんと嬉しい!」
キャッキャと小さな子供のように喜ぶラベンダーを残して、ジンとフローラは温室を出た。