8. アンソニーの幻 3
8. アンソニーの幻 3
翌日ジンとラベンダーは、少し離れたところにある山小屋へと向かった。そこには、長い時間をかけて乾燥させる必要がある薬草や、成分を抽出するためにアルコールや薬品に漬けにした薬草などが保管してあった。今日二人がやってきたのは、これから使うための薪にするための木材を取りに来たのだ。薪にするための木材は、麓の森林を管理している木こりが簡抜したものを分けてもらい、山小屋で乾燥させながら保管していた。木材を持ち帰ると、ラベンダーはジンを促して裏庭へ向かった。
「えっと、薪割りしたことある?」
「ない」
「やっぱり……」
「なんだよ、そんな顔するなよ。だって薪なんて使った事無いんだからしょうがないだろ?」
「ま、普通都会じゃ使わないよね」
ジンの素性を知らないラベンダーは、ジンが都会から来たと思っているのだ。ルードの里は山間にあるが、結界に囲まれているために冬でもそれほど寒くはならない。しかも、暖房も魔法の力を使っていたので、ジンは薪割りなどしたことがないのだ。
「別に俺は都会で育ったわけじゃないけど……」
「ん?なんか言った?」
「いいえ、別に」
「それじゃあさ、のこぎりでその木材をこれくらいの長さに切ってくれる?」と、ジンにのこぎりを渡す。
「……」
「は?もしかしてのこぎりも使ったことないんでしょうか?」呆れたような顔をしてラベンダーがそう言う。
「う……ん」と頷くジンの姿に、「ふう」と大きなため息をつくラベンダー。
「ま、薪を使わなければのこぎりも使わないのか……」
「まあね」
「分かりました。使い方を教えます」
「よろしくお願いします」
「えっと、ここに木材を横に渡して、足で押さえてこの辺をギコギコと切る。はいやってみて!」
「あ……うん。……えっと、こう?」
「あ、のこぎりの持ち方がちがう。それから、もっと腰を入れて引く」
「え……あ、はい……」
「ま、そんな感じかな?じゃよろしく」パンと手を叩いて埃を払うと、ラベンダーは少し離れた大きな切り株のような台の上に、短く切った木材を立てる。そして、斧を振り上げてスパンと振り下ろした。木材は、カランと乾いた音とともに二つに割れ、台から横に落ちていく。
「……、すげー!」
「ん?」
「お前ってすごいな」
「なにが?」
「俺、薪割りやってるなんところなんて殆ど見たことないけど、こんなに見事に割るのはすごいと思う」
「そう?薪なんて、目に沿って斧を入れれば誰だって簡単に割れるよ」
「でも、なんか……男前って感じ」
「は?なにそれ、褒めてんのけなしてるの?」
「一応褒めてる……つもりだったんだけど?」
「あっそ。ほら、手が止まってる!見てないで手を動かす!早くしないと日が暮れちゃうよ?」
「あ、はいはい」
始めはぎこちない手つきでのこぎりを引いていたジンではあったが、元来器用なたちなので、昼食の時間だとフローラが呼びに来た頃には、あらかたの木材を切り終わっていた。ラベンダーも、数日分の木材を斧で割り、その後なたで細かくする作業に取り掛かっていた。
「あら、随分はかどったわね」切り終わった木材の山をみて、感心したようにフローラが言った。
昼食を終えると、ジンとラベンダーはそのまま倉庫に向かった。薪割りだけではなく、ジンは家の中のあらゆることを手伝うようになっていた。明日はまたロジャーが薬草の仕入れに来る日なので、伝票を見ながら二人で手分けをして薬草をそろえるのだ。
「うーん、ちょっと届かないか……」上の棚にある袋を取ろうとして、ラベンダーが一生懸命背伸びをしていた。しかし、届かないと諦めたらしく、倉庫の隅に置いてあった踏み台を使って薬草の袋に手を伸ばした。
「よいしょ!……ええ、あ……」
袋を手にした途端、その重さでバランスを崩すラベンダー。ガタンと音がして傾く踏み台の上で、「わっ」っとラベンダーが声を上げる。もう少しで後ろに転びそうになったとき、後ろからヒョイを誰かに抱きとめられる。重心のバランスを失った踏み台は、そのまま大きな音をさせてラベンダーの足元に転がった。
「あぶねーな。気をつけろよ」見上げると、頭の上にジンの顔があった。
「あ。ごめん。ありがとう……」薬草の袋ごと、子供のようにヒョイと抱えられて床に下ろされたラベンダーは、俯きながら礼を言う。踏み台が立てた大きな物音に驚いて、フローラも倉庫に駆けつけた。
「どうしたの?大きな音がしたけど」
「あ、なんでもないです。上の袋を取ろうとして、踏み台使って、ラヴァンがこけそうになっただけで」
「てへへ……」ジンの後ろからラベンダーは、ばつが悪そうに笑いながら顔を出す。
「その踏み台、足がぐらついてるから使わないようにって、この前言ったでしょ?」
「そうだったんだけど、忘れてて」
「まじ?なんだよ。先に言えば俺が直したのに。まいいや、上の棚のものは俺が取るから……」
「そう?そうしてくれると助かるわ。やっぱり男手があると違うわね!よろしくお願いします。ジン」
「あ、はい。分かりました」ジンの言葉を聞き終わると、フローラはまた倉庫から出て行った。
「ほら、リスト貸して」ラベンダーの頭越しに、ジンはひょいとリストを取り上げると、棚と交互に見比べながら薬の袋を取り出し始めた。
「あのさ……」ジンを見上げながらラベンダーが口を開く。
「ん?なに」
「ジン、背が伸びた?」
「え?あ、そうかな?」
「うん。なんかそんな気がする」ジンの取り出した薬草の袋を受け取りながら、ラベンダーが言った。
「お前が縮んだんじゃない?」
「は?縮むわけないでしょ?」ラベンダーは、少し憤慨した様子で答える。
「さっきので驚いて、縮んだんじゃねーの?」
「は?なにそれ」
「一応踏み台は後で直してやるけど、手が届かないところのものは俺が取ってやるから……」
「え?」ラベンダーが顔を上げると、ジンはリストに視線を落として作業を続けている。
「さっきみたいなことになって、お前に怪我させたくないから。無理しないで俺に言えって言ったの」
「あ……はい」
「お、なかなか素直でよろしい。よし、これで全部だ」そういって、ハイと最後の袋を渡しながら、ジンはラベンダーの方に顔を向ける。一瞬、ラベンダーはジンの目を見たまま動くことができなかった。
「ん?どうした?なんか俺の顔についてるか?」
「ううん」
ラベンダーはそう答えると、「じゃ行くか」と薬草の袋が載った台車を押すジンの後ろに続いて倉庫を出た。