8. アンソニーの幻 2
8. アンソニーの幻 2
調合室は、数種類の薬草の匂いが混ざった独特の匂いがした。壁際にはかなり古い大きな本棚が置かれ、かなり年代物だと思われるぶ厚い本が何冊も並べられていた。その隣には薬の原料になる薬草等が入った引き出しが置いてある。部屋の真ん中には、作業台らしい大きな机があり、その上にはすり鉢や秤等の道具が置いてあった。
「ごめんなさいね、ジン」
「え?」
「ラヴァンがアンソニーのことをどう思っているか、知っているでしょ?」
「え……ええ、まあ」
「多分ね、あの子が自分の気持ちに気がつき始めた頃に、あなたが着ている洋服をアンソニーが良く来ていたから……、それでなんか照れくさいのよ、あの子」
「あ……。そうなんですか」
話を聞きながら、ジンは胸の中になんともいえない感情が沸いてくるのを感じていた。しかし、その感情がどこからどう来たものなのか、それはまったく分からなかった。
「さっきも言ったけど、そのうち慣れると思うから」
「え。あ、分かってます」そういうとジンは、フローラの指示に従って作業に取り掛かった。
その日は、雨が上がったばかりで地面が滑りやすく山に入れなかったこともあり、ラベンダーもジンも家の中でそれぞれの仕事をこなしていたが、ジンはできるだけラベンダーと顔をあわせることが無いように調合室にこもっていた。最初は戸惑いの表情を隠せないラベンダーだったが、ジンが自分の事を気遣ってくれていることは分かっていたのだろう、その日の夕飯が終わる頃にはいつものラベンダーに戻っていた。
「あのさ、ジン?」
「ん、あ?」
「今朝はごめん」
「今朝?ん?なに?」ジンはわざと何のことか分からないといった調子で返事をする。
「え?あ……、なんでもない。えっと、それと、明日から冬支度始めるから……」
「冬支度?」
「うん。ここは冬には雪が降るのよ。だからそのための準備をするの」
「そっか。雪か……寒そうだな~」
「ジンが暮らしてたところは、雪は降らなかったの?」
「あー、降ったこと無い。ここからみたら、随分暖かいところだからね」
「あー、ジンが着てた服をみても、そんな感じだよね」
「ああ、だから、今朝窓を開けたとき、あんまり寒くてびっくりしたよ!」
「あ、そういえば……。大きな声で『さぶっ』って叫んでたね」
「え?聞こえた?」
「うん。あんな大きな声で叫んだら聞こえるよー」
「だって、すげー驚いたんだから」
「今朝くらいの寒さで驚くのは早いって、もっともぉーっと寒くなるんだから」
「まじ?俺、寒いの苦手かも?」
「ま、また風邪引かないように、……ちゃんとアンソニーからもらった服を着てね」
「え……、ラヴァン……?」
「じゃないと、またあの苦い薬飲んでもらうから」
「あ、それだけは勘弁してください。風邪を引かないように気をつけます」
大真面目な顔をして頭を下げるジンの姿をみて、ラベンダーは思わずあはは、と声を上げて笑う。ラベンダーハウスの暖炉には薪がくべられ、赤々と燃える炎のぬくもりがリビングを包んでいた。