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ラベンダーの空  作者: 凌月 葉
8. アンソニーの幻
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8. アンソニーの幻 1

8. アンソニーの幻 1


 山の秋は短い。特に標高の高いラベンダーハウスから見える景色は、日々刻々とその様相を秋から冬へと変化していた。 ジンがラベンダーハウスに来てから、もう1ヶ月余りが経とうとしている。窓からの景色は、ジンが初めて目にしたときから思うと緑色がかなりくすんでいた。逆に遠くの麓のほうに目を向

けると、ところどころに赤や黄色の色が散りばめられ、かえって針葉樹の緑色が引き立って見える。そんな対照的な景色を見ながら、ジンはふとルードの里を思い出していた。


 ルードの里は結界に囲まれているためか、一年を通じてそれほど気候の変化がなく雨は降っても雪が降るほど気温が下がることはない。 そのため、これほどまでに鮮やかな紅葉を今まで目にすることが無かったのだ。 しかもここのところ雨が続いていたので、雨に洗われた葉が朝日に輝き、今朝自分の目の前に広がる景色はその色合いがいっそう鮮やかに艶めいているように見える。ジンは、その色合いの鮮やかさに誘われるように窓を開けた。


「うわっ、さぶっ!」


窓を開けた途端に、凛と刺すように冷たい空気が部屋に流れ込み、ジンは慌てて窓を閉めた。


「こんなに寒くなるのか・・・、だから服を持ってきてくれたんだ」そう呟くと部屋の棚に眼をやった。


 そこには、先日アンソニーが持ってきてくれた洋服が置かれていた。 ラベンダーハウスは、温室を有していることもあり、家全体にも寒さに対しての工夫が凝らされていた。ここのところ雨が続き、外に出る機会が無かったこともあり、外の気温がこんなにも低くなっていることをジンは気がつかずにいたのだ。 ルードの里の衣服は、外界のものよりもかなり薄い素材で作られている。それでも、真冬以外は一年を通じて同じような洋服で通すことができたていた。 確かに、ここのところ朝起きると肌寒く感じることがあったが、起きて家の中で過ごす分には、里から着てきた自分の服でも特に寒いと感じることもな

かった。 アンソニーにもらった服を着るのがいやだったわけではないのだが、外界の服を着ることに少し戸惑いもあり、なんとなく袖を通すことをためらっていたのも事実だった。しかし、今朝の気候では自分の服で過ごすには寒すぎだろうと考え、ジンはアンソニーが持ってきた長袖のトレーナーとジーンズを

着て部屋をでた。


食卓では、すでにラベンダーが朝食の用意をしていた。


「おはよう、ラヴァン」


「あ、おは・・・」ジンの声に顔を上げたラベンダーは、その姿を見て呆然と立ち尽くして固まってしまった。


「あら、ジンおはよう!」フローラは、固まって動けずにいるラベンダーの横を通り過ぎながら、そうジンに声をかける。


「おはようございます。……てか、俺どこか変ですか?」ラベンダーの様子を見て慌ててジンがフローラに尋ねる。


「いいえ、良く似合ってるわよ。思ったとおり、サイズもちょうどいい感じだし」フローラはジンの袖口や、足元を見てそう言った。


「でも……。あの……ラヴァンが……」ラベンダーは、まだじっと立ち尽くしたままだ。


「あ、あなたがあまりにもアンソニーに似てたから、びっくりしてるのよ。ね、ラヴァン?」 声をかけられたラベンダーは、ビクッと我に返る。


「そうですか?似てますか?」


 ジンは、鳶色の目と少し茶色の髪だが、アンソニーの瞳と髪は濃いグレーをしている。髪型もジンは伸びて少し長髪になってしまっていたが、アンソニーは社会人らしく短めに整えられていたし、顔立ちもそれほど似ているとは思えない。


「髪や瞳の色は違うけど、昔ね、あなたくらいの頃のアンソニーを見てるみたいだわ」ラベンダーに聞こえないように小さな声で呟くと、フローラは昔を懐かしむような目をしてジンの顔をみた。 キッチンに居るラベンダーは、視線を逸らしたままでやけに忙しそうに朝食の用意をするだけだった。


「昔の……ですか?」ジンはそう言うと食卓についた。


 朝食の間も、向かい合って座っているにもかかわらず、ラベンダーはジンと目を合わせようとしなかった。そんなラベンダーの態度に、さすがのジンもだんだん腹が立ってきた。


「なんで目をあわさないんだよ!」


「え?別に、目を合わせながらご飯を食べなきゃいけないわけじゃないでしょ?」


相変わらず視線を手元に下げたままラベンダーは朝食の後片付けをしている。


「なあ……てば!」


「…………」


「聞いてる?」


「聞いてるけど……なんか用?」


「用ってわけじゃないけど、気になるじゃん、そんな態度取られて」


「別に、私はいつもこうだけど」


「え?絶対変だって。あの……、俺、そんなにアンソニーに似てる?」


「え?……」思わずラベンダーは顔を上げてジンのほうを見る。


「に、似てないわよ。髪の色だって目の色だって、アンソニーとは違うもの」


「じゃあ、なんでそんな態度取るんだよ?俺なんか気に障るようなことしたか?」


「べつに……してないけど」


「そんな態度取られたら、こっちだって気分悪いだろ?」


「ごめん……忙しいの」そういい残して、ラベンダーは店のほうに行ってしまった。 その後、店の奥でバタンと扉が閉まる音がする。どうやらラベンダーは倉庫に行ったらしい。 すると、暫く二人のやり取りを聞いていたフローラが口を開いた。


「ちょっと、驚いただけなのよ」


「え?」


「昔、良く遊んでくれた頃のアンソニーに雰囲気が似てたから、ちょっと照れてるのよ」


「……」


「ごめんなさいねジン、気分を害するようなことをしてしまって」


「いや、俺また何かやっちゃったかな?って思っただけですから」


「ちょっとすれば慣れると思うから、もう少し我慢してやってくれる?」


「あ、はあ……分かりました」


「それと、今日はちょっと調合の手伝いをして欲しいんだけどいいかしら?」


「あ、はい。でも、俺が調合なんて手伝っていいんですか?」


「薬草のことを何も知らないわけじゃないでしょ?それに手伝ってもらうだけだから、大丈夫よ」


 ラベンダーハウスの生活に慣れたジンは、ラベンダーと共に山に薬草を取りに行ったり倉庫の整理を手伝うようになっていた。 調合室はフローラの部屋の隣にあり、店や倉庫で主に作業をしているラベンダーには顔を合わせずに作業ができる。多分フローラはそのことを考えて調合を手伝って欲しいと言い出したのだろうとジンは思った。



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