7. 秘密 4
7. 秘密 4
「どうしたのジン?まだどこか具合が悪い?」じっと俯いたままのジンに向かってフローラが 尋ねる。
「いいえ。なんでもありません……」
「そう、それならいいんだけど。……、でも、そろそろ潮時かもしれないわね」
「え?」
「魔法使いの血統のこと、そろそろきちんとラベンダーに話さないといけない時期かもしれないって思って」
「……」
「あなたもいることだし……」
「あの、フローラ?」
「なに?」
「俺の正体のことを含めて、そのことをラヴァンに話すのはもう少し後にしてもらえますか?」
「ええ。それは構わないけど……。どうして?魔法使いであるあなたにとって、人間として暮らしている 今の生活は、窮屈なことが多いんじゃない?」
「いえ、そんなことはありません。何故だかわからないんですけど、俺、今のここでの暮らしが好きです」お世話になっていながら図々しいですけど、と付け加えながらジンはそう言った。
「本当にいいの?」
「ええ。本当のことを知ったら、ラヴァンはかなりショックを受けると思うんです。でも今は、ラヴァンには、メリーベルのこととか、大学へ進むための勉強とか……、そういうことを何も気にしないでやらせてあげたいって、なんかそう思うんです」
「そう。ありがとう。じゃあ、あなたにはまだ窮屈な思いや迷惑をかけることになると思うけど……。それに、いつかは里に帰るんでしょ?」
「まだわかりませんけど」
「そう、それじゃあ。里に帰る日までは、あなたはここの本当の家族だと思って、暮らして頂戴ね」
「はい、ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそよろしく」
そういってフローラはにっこりと微笑むと、今日はゆっくり休んでと言い残して部屋を出て行った。 フローラが部屋を出て行った後、ジンはベッドの中でじっと目を閉じていた。 フローラは、自分が魔法使いであることを知っていた。しかも、フローラとラベンダーも魔法使いの末裔だった。そのことに驚きながらも、少しだけ安堵している自分がいた。 ここに来てから、ジンは初めて家族のぬくもりを感じたような気がしていた。里にいたときに、家族から愛されていなかったわけではない。むしろ、末っ子の自分に家族は溢れんばかりの愛情を注いでくれていた。 しかしそれは、ここに来た今だからこそ分かったことで、里にいた頃はただ煩わしいとしか感じていなかったのだ。
ここに来て、まだ2週間余りしか経っていないにもかかわらず、フローラもラベンダーも、まるで自分がずっと昔からここにいたように、自然に接してくれている。ロジャーとアンソニーさえも、自分の事を自然に受け入れてくれた。 しかし、二人が自然に接してくれればくれるほど、記憶喪失と嘘をついて本当のことを話せない自分に、心のどこかで二人を騙しているような罪悪感を感じていたのだ。きっとフローラはそのことを見抜いていたのだろう。 きっかけは、ラベンダーのちょっとしたミスではあったが、今回のことが起きなくても、きっと近いうちにフローラは今日してくれた話をしてくれただろうと思う。
「家族か……」ふと、両親や兄弟の顔が脳裏に浮かんだが、すぐに里に帰りたいとは思わなかった。
昼食は、ラベンダーが部屋まで運んで来てくれた。ありがとうと答えたジンであったが、運び込まれたメニューを見て苦笑した。 そこには、リゾットやスープなど明らかに病人食が並んでいたからだ。それでも、かいがいしく看病をしようとしているラベンダーの姿を見ると、不思議と文句をいう気も起きなかった。
「お、全部たべたんだ。食欲戻ったみたいだね」
「おかげさまで」
「薬が効いたみたいだね、良かった。んじゃ、この薬飲んで」
「げ?また飲むの?」
「あたりまえじゃない。病気はね、治りかけが肝心なのよ!」
「えっと……、もう良くなったし、飲まなくてもいいんじゃないかなあ……」
「だめ、飲んで!」 すると、押し問答を繰り返す二人のところにフローラがやってきた。
「どう?ジン……」
「あ、おかげさまで、スッカリよくなりました」と、ジンは「スッカリ」を強調して言う。
「そう、じゃちょっと聴診器あててみましょうか?」とフローラは軽く診察をする。
「もう薬は必要ないわね」
「そうですか。それは助かった」
「は?助かったってなに?」些細な言葉尻りも聞き逃さずラベンダーがすかさず聞き返してくる。
「ラヴァン、薬はね飲みすぎても体に悪いのよ。だからもう薬は飲まなくていいわよ、ジン」
フローラは、ジンの顔を見て小さく頷きながらそう言った。
「なになに?なんか二人で頷きあってて、なんか怪しい!なによ?私にも教えてよ!」
「え?良くなって良かったわね、ってことよ。ね?ジン」
「え……、あはは、そうですね……」
「え~、なんか二人で私に隠し事してるって感じで、やな感じー」 一人で納得の行かない顔をしているラベンダーをみて、フローラとジンは苦笑した。
その日の夕飯は、すっかり体調が戻り、お腹が空いて待ちきれないというジンの要望もあり、いつもより少し早めに取ることになった。いつの間にか、3人で食事をすることが当たり前になった食卓は、いつも以上に明るく和やかなものにラベンダーには感じられた。 夕飯の片づけを終えると、ラベンダーはいつものように自室からノートとテキストを持って降りてくる。 少し離れたところではフローラが本を読んでいた。
「あのさ、本当にもう薬飲まなくていいの?」 ラベンダーはまだ納得していないのか、テキストを広げながらそう言った。
「ん?もう治ったから。それに、もう俺はあの薬は飲まねえ」
「なんで?よく効いたじゃん!」
「でももう絶対飲まないの!」
「なんで!」
「なんでも」
「よく効いたのに、わけわかんない……」口を尖らせて抗議をするラベンダー。
「飲まないったら飲まないの。ね?フローラ」ジンはフローラを振り返りながらそういった。
「なに?なによ!やっぱりなんか私に隠してるんだ!」
その様子を見て、ジンは困ったように少し考えてから、口を開いた。
「あのさ、お前って口堅いほう?」少しだけ身を乗り出して、ラベンダーの耳元でジンが言った。
「はあ?口が堅いって?」
「だから、秘密は守れるか?って聞いてるの」
「秘密って言ったって、ここにいる以外に誰も話す人なんかいないでしょ?」
内緒話をしたとしても、聞こえてしまうような距離にいるフローラに目をやりながらラベンダーが答える。
「そっか、じゃあ特別に俺の秘密をお前に教えてやるよ」
「え?秘密?秘密ってなに?」
二人のやり取りを聞いて、フローラも本から顔を上げてジンの方を見た。ジンはそっとフローラをみてから、ラベンダーに向き合った。
「あのね、俺、苦い薬飲めないの。だからあの薬は、金輪際絶対飲みません」
「はい?秘密ってそれ?」
「いいか、他言は無用だからな!人に知られたらいけない俺の秘密なんだから」
「なにそれ、もしかして二人が隠してたことってそれなの?はぁ?子供じゃあるまいし。あー、真剣に聞いて損した!」
呆れ顔のラベンダーを見てジンはククッと笑うフローラにウインクをして見せた。