6. メリーベルの手紙 1
6. メリーベルの手紙 1
夕飯を終えたジンはテレビを見ていた。ルードの里にも魔法を利用した似たようなものはあったが、外界のテレビとは全く仕様が違い、初めて見たときにはどう扱っていいものか戸惑ってしまった。
「あ、ごめん。それさ~、かなり旧型だからどうやってスイッチを入れたらいいか分からないよね?」
ラベンダーはそう言うと恥ずかしそうに小さく笑ってテレビをつけてくれた。他にも、里には無いような機械がラベンダーハウスにはあったがどれも型後れの品らしい。 ラベンダーは、ジンが旧型の機械の扱い方が分からないのだと誤解したらしい。その機械の前に立つたびに戸惑うジンの姿を見て、
「都会ではこんなオンボロみたことないよね?」と、苦笑しながら使い方を教えてくれた。
その様子を見るたびに、ジンは密かに冷や汗をかきながらもラベンダーハウスに自分が身を寄せることになった幸運に、心の中で小さく感謝した。
「ごめんジン。そろそろ時間なんで……いい?」ラベンダーはそう声をかけてきた。
「お、もうそんな時間か?いいよ」そういって、ラベンダーに席を譲る。
山奥に暮らすラベンダーは、テレビを通じて通信教育を受けている。単位制で、自分のペースで授業を進めていくことができるシステムらしく、15歳でありながら2学年上の授業を受けているのだという。 それを聞いたとき、すごいじゃんとジンが言うと。
「こんなところだからさ、他にやることがないだけよ」 とラベンダーが言ったが、やることがないわけではない。昼間は、山に入って薬草を採取しそれを薬にするための作業をしたり、もちろん家事もこなしラベンダーはかなり多忙だ。
テレビを通じて行われる授業は、それぞれの受講生の都合を考えて、同じ授業がいろいろな時間帯で放送されているらしく、自分の都合に合わせて受けることができる。しかし、どうしても昼間山に入ることが多いラベンダーの場合、その日の最終時間帯の授業しか受講できない。そのために、昼間の疲れから、受講しながら居眠りをしている姿をジンは何回か目撃し、慌てて起こしたことがある。
「今日は疲れてるみたいだから、明日にすれば?」フローラが声をかける。
「ううん大丈夫。メリーベルの手紙もらったらさ、頑張らなきゃって思っちゃってさ」
「大丈夫か?また居眠りするんじゃねーの?」ジンが意地悪く言う。
「大丈夫だと思う……。てか、寝てたら起こして。お願い」胸の前で小さく手を合わせて、よろしくと言うラベンダーに、任せろとジンは答えた。
「今日の科目はなに?」
「えっと、幾何学と基礎薬草学」
「やっぱ今日も寝るな」
「なんで~?」
「だって、お前幾何学苦手ジャン」
「……結構難しいんだから」
「そっか?あんなの簡単ジャン?」
「え?ジン幾何学わかるの?」
「あ?そりゃ、こう見えても俺も一応学生だからな」
「だって記憶が……」
「あ、なんでかしらねえけど、そういうのは忘れてないみたい……」と少しだけ苦しい言い訳をするジン。
「記憶喪失ってね。全部忘れちゃうわけじゃないのよ?だから、記憶を無くすきっかけになったことだけが思い出せないって良くあることなのよ」とキッチンの片づけを終えたフローラが言葉を足してきた。
「ふ~ん、そうなんだ」ノートやテキストを広げながらラベンダーは答えた。
「ねえ、ジン。もし良かったら、ラヴァンに勉強を教えてあげてくれる?」
「「え~~?」」フローラの発言に、思わず身を乗り出す二人。
「いいわよそんなの」
「俺が教えても、素直に聞くかどうか……」
「なによ、私が素直じゃないような言い方じゃない」
「事実を言っただけだし」
「別にジンなんかに教えてもらわなくたって、自分でちゃんとできますから」 フローラは、また始まったと苦笑しながら二人を見ている。
「はぁ~?どことどこに線を引くってぇ~?」ラベンダーは、淡々と授業が進む画面とテキストを変わりがわり見ながら頭をくしゃくしゃと掻きむしる。
「んがぁ~もう、見てらんね。お前なんでこんな問題わからねえの?」
「ん、もう。ジンうるさいな~」
「ほら、貸してみ?こことここを結ぶだろ?そうすると、これが直角になるから……」
「ん?ほうほう」
「ほうほう。じゃねえだろ?わかってんのか?」
「分かる。てか、分かった」
「じゃあ、続きやってみ?」
「任せて!」
「……。あ、だからそれ違うって……」
「え?どこ?どこがちがうの?」 ジンの怪我が回復してから、連日のようにこんな様子がテレビの前に置かれたテーブルで取り交わされていた。