5. 本当の理由 3
5. 本当の理由 3
シュッシュッとドアを何かが擦ったような音がした。バロンがドアを開けて欲しい時の合図だった。ジンがこの家に来て以来、バロンはすっかりジンに懐いてしまい。リビングに居るといつもジンの足元に座ってじっとしていた。多分、ジンの姿が見えないので探しに来たのだろう。ジンがドアを開けると、バロンがドアの前におとなしく座っていた。
「ジーン」階下でラベンダーが呼ぶ声がする。
「なんだお前、俺のことを呼びに来てくれたのか?」そう言ってジンがバロンの頭を撫でると、バロンは嬉しそうに尻尾を振った。ジンがバロンを伴ってリビングに降り立つと、店のドアを開けて外からラベンダーが手招きをしていた。
「こっち、こっち!」
「ん?……」
呼ばれるままに外に出ると、店の前に置かれた椅子にロジャーとフローラが座り、その後ろにアンソニーが立ってる。
「あ、ジンはここに立って」訳も分からないままラベンダーに促されてジンはアンソニーの横に立たされた。
「これから写真撮るからさ」そう言い残して、ラベンダーは走って行った。
少し離れたところにカメラが載った三脚が置かれていた。
「いい~?撮るわよ~~、笑ってぇ~~」ラベンダーはそう言ってシャッターを押すと、慌ててジンの隣に駆け込んで来た。ジンが驚いて思わずラベンダーのほうを向くと、その瞬間、-カシャッ-とシャッターが落ちる音がした。
「あ~~、ジンなにこっち見てるのよ?だめじゃないカメラを見なくちゃ!」
「え?あ、悪い」
「もぉ~~。もう1回撮り直すから。いい?カメラを見るのよ?動いちゃだめだよ?」
「あ、うん」
写真を撮り終えて店の中に戻ってくると、なんだ~、もっと笑えばよかったのにと写真を眺めながらラベンダーはそう言った。
「え?あ……」ジンはまだ事情が飲み込めていないままだった。
「それじゃあアンソニー、この写真をメリーベルに渡してあげて」
「了解、じゃあ手紙と写真確かに預かったから」アンソニーは、ピンク色の封筒に受け取った写真を収めながらそう言った。
「メリーベルって?」
「あ、あのね、私の友達」
「友達……?」
「アンソニーのお客さんの娘さんなんだけど、ずっと病気で入院してて……。それで友達が居ないんで、私が友達になったの」
そういうと、ラベンダーは小さな女の子の写真を見せた。女の子は自分と同じくらいのぬいぐるみを抱えて嬉しそうに笑っている。その微笑みは天使のようだった。
「かわいい子でしょ?」
「あ、ああ」
「でしょ!でしょ!」ラベンダーは、まるで自分の事を褒められたように嬉しそうに笑う。
「メリーベルは今8歳なんだけどさ、ずっと入院してるから学校にも行ってないし友達もいないんだよね。まるで私みたいでしょ?」
「……」
「それでね、その子のことをアンソニーが知って、私と文通したらどうか?って言ってくれたの。私さ、こんなところに住んでいるから、同い年くらいの子と文通してもなにを書いたらいいか分からなくて。でもメリーベルは、私と同じだから。いつも一人でいて、勉強も一人でしてて……」
ジンはその言葉を聞いて、はっとした。
――そっか、ラベンダーには友達がいないんだ……――
「この前、メリーベルの8歳のお誕生日だったんだけど。いつも病院で一人で寝るのが寂しいっていうから、アンソニーに頼んでこのぬいぐるみを届けてもらったの。そのぬいぐるみを私だと思って眠れば寂しくないでしょ?って。今日はね、そのお礼の手紙をアンソニーが持ってきてくれたんだよ」そういうとラベンダーは、メリーベルの手紙を見せてくれた。
『ぬいぐるみありがとう。これからはおねえちゃんといつもいっしょだからさびしくないよ』大きな画用紙のような紙に、クレヨンで書かれたその字は、覚えたてなのかかなり読みづらいものだったが、一文字一文字一生懸命に書いた様子が伺われるものだった。ジンがふと顔を上げると、ラベンダーは少し寂しそうな笑顔でその手紙をじっと見詰めていた。
「さっきアンソニーに渡した手紙にね、ジンのことを書いたの。だから、写真も一緒に届けてもらおうと思って、さっき撮ったのよ」
「そうだったんだ……」
うん、と頷いてから、ラベンダーは顔を上げてジンに向かって微笑んだ。