5. 本当の理由 1
5. 本当の理由 1
「なんだかな~」部屋のベッドに寝転んで天井を見上げると、ジンは大きなため息をついた。どうにも退屈で、トイレに立つ振りをして部屋に戻ってきてしまったのだ。脳裏には、真面目で人のよさそうなアンソニーの顔とその姿を見つめるラベンダーの顔が浮かんでいた。
「全く、あんなやつのどこかいいんだかね」またそんな独り言が口をついて出てきた。すると、頭の上の方から聞きなれた声がした。
「あら、アンソニーってなかなかいい感じの人じゃない!」
ジンが慌ててベッドから起き上がると、ベッドの脇の壁にルナが凭れ掛かるようにして立っていた。
「あ……姉貴!なんでここにいるんだよ!」
「ふぅ、やぁ~っと見つけた。結構、探すの苦労したわよ」ルナはそういうと大げさに疲れたというように肩を竦めて笑って見せた。訝しげな顔でジンは姉のルナを見上げる。
「思ったより元気そうで良かった。あんたが行方不明になってから、大変だったんだから!これでデュークも安心するでしょう」
「は?兄貴が安心?よく言うよ、自分で外界に人を吹き飛ばしたくせに!」
「……え?」
「どうせ、自分の顔に泥を塗られて頭にきて、その腹いせのつもりでやったんだろ?冗談じゃない!俺はそのせいで、死に掛けたんだぞ!里の南斜面で俺を攻撃して、外界へ吹き飛ばしたのは近衛隊の連中だろう、分かってるんだぞ!」
「確かに……。確かにあの時攻撃したのは近衛の先鋭部隊だけど……。でも狙ってたのはあんたじゃない」
「嘘をつくのもいい加減にしろよ。あの場所には俺以外誰も居なかったんだぞ」
「嘘じゃない。近衛隊が追っていたのはエルドラよ」
「エルドラって……。あの、暗黒魔道師のエルドラか?だってエルドラは封印されているはずゃ……」
「あの日、エルドラの永久封印がされるはずだったんだけど、隙をついて逃げられたの」
「じゃあ、まさか……」
エルドラとは、かなり昔に魔王を復活させようとして封印された暗黒魔道師の名前だ。魔法使い達がルードの里にこもるきっかけになった大戦を引き起こしたのも、人々の邪念の気を集めて魔王を復活させるために、エルドラが仕組んだのだという噂もあった。過去に封印をしようと試みたものの、エルドラの魔力があまりに邪悪で強大だったため、永久封印ができるまで厳重に管理をした地下牢に投獄していたのだ。 ようやく永久封印ができるレベルにまで衰弱したと判断し、永久封印の儀式のために地下牢を開けたことで脱獄されてしまったらしい。
「エルドラは逃げる機会をずっと狙っていたらしいの。あっという間の出来事だったらしいわ。それを追った近衛隊が、南斜面に追い詰めた。そして最後の一撃を加えたとき、デュークが一瞬ジンの波動を感じたらしいの」
「最後に俺の波動を感じたって?だって、あの時はじめから俺に向かって攻撃をしてきたじゃないか?」
「エルドラが、あんたに乗り移っていたのよ。永い間投獄されていた肉体では、近衛隊の攻撃をかわすのが無理だったんでしょう。そこにあんたがいた。魔力の強い自分が乗り移っても十分耐えられる身体と、俊敏な運動能力を持ち合わせたあんたが居たことは、エルドラにしてみたら渡りに舟って感じだったんでしょう」
「そういえば……」
ジンは、南斜面の広場で吐き気のするような邪気を含んだ旋律に襲われたことを思い出した。あの瞬間、エルドラがジンの体に乗り移っていたのだ。
「近衛隊には、エルドラの姿しか見えていなかったのよ。さすがの近衛の先鋭部隊も、暗黒魔道師の幻術を見破ることができなかったのね。ただ、最後に直撃の攻撃を受けた瞬間だけ、エルドラはあんたの中に自分を隠してダメージを受けないようにした。つまり、あんたの体を盾に使ったのよ。たぶんデュークはその一瞬、あんたの波動を感じたんだと思うわ。でもあの一瞬にあんたの波動を感じることができたのは、近衛隊の中でもデュークだけだったらしい。でも、確信があったわけでもなかった。だから近衛隊をあんたの捜索に借り出すわけに行かなくて。私が頼まれてあんたを捜しに来たってわけ」
ジンは黙って何かを考えているようだった。
「その一件があって、デューク落ち込んでたわよ?もうね、信じられないくらい……。そりゃそうよね?もしかしらた、自分の弟を自分が殺してしまったのかもしれないんだもの……」
「…………」
「でも良く無事だったわね。運が良かったとしか言いようがないわね。フローラさんとラベンダーちゃんに感謝しないとね。あの二人が居なかったら、あんたはここには居なかったんだから」
「…………」
「運が良かったといえば、あんたがステージアップ試験に通ってなかったことも、運が良かったうちにはいるかな?」
「なんで?」
「もしステージアップに通って、あんたの封印が解かれている状態だったら。そのままエルドラに体を乗っ取られていたかもしれなかったのよ」
「え?……」
「多分、ステージアップの封印がとかれていなかったことと、あんたの怪我が余りにも酷くて使い物にならないと思って、そのまま乗っ取ることを止めたんだと思う」
ジンはなにを言えばいいのか分からなかった。自分がそんなことに巻き込まれていたなんて、少しも思っていなかったのだから。
「もっと早く見つけ出したかったんだけどね、なんせあんたの波動が拾えなくて……。それだけ怪我が酷かったって事だと思うけど……。それと、いいところに拾ってもらったってことかな?」
「いいところ?」
「ここの人たちがいい人だってこともあるけど……。ま、詳しいことはそのうち話すわよ。どちらにしても、怪我は治っただろうけど、まだダメージも大きいみたいだから、もう少しここで居させてもらえば?里もね、そんなこんなでイロイロあって直ぐにはあんたを連れて帰れる状態じゃないし」
「そうなんだ……」
「ま、良かったじゃないの。念願の外界に来る事ができたんだし……」
「ねんがん……って、なんで知ってるんだよ!」
「え?バレテないと思ってたの?甘いわね」
ジンは何も言うことができなかった。姉にはすべて読まれていたのだ。