4. ラベンダーの初恋 3
4. ラベンダーの初恋 3
* * * *
ジンはラベンダー達を起こさないようにと、できるだけ静かに階段を降りキッチンでとりあえず水を一杯飲み干した。悪い夢のせいで汗をかいてしまいシャツがべとついて気持ちがわるい。とりあえずシャワーでも浴びようとバスルームのドアを開けた時のことだった。目の前に人影が飛び込んできた。
「え?……」一瞬ジンが固まったその瞬間。
「キャーーーー!!!」静寂を切り裂く大きな悲鳴がし、顔を上げると目の前で顔面蒼白のラベンダーが叫んでいた。
「変態、エッチ!☆#。・@★*!!! 」
驚いて尻餅をつくと、ジンに向かってバスルームの中のあるありとあらゆるものが飛んでくる。
「痛てぇ!」ラベンダーが投げたなにかが、ジンの額の辺りに当たった。
「ちょっと、どうしたの?いったい何の騒ぎ」
いきなり始まった悲鳴と騒動にフローラが目をさまし、慌てて洗面所に駆け込んできた。そして、事態を察したフローラはバスルームに入りラベンダーを取り押さえた。
「ほら、ラヴァン。……って、もうやめなさい!」
食卓をはさんで、プイっと横を向いたまま座る二人の姿を見てフローラは苦笑していた。それぞれから事情を聞いてみたが、バスルームを使うタイミングが重なっただけの、単なる出会い頭の事故なのだ。
「ジン、その額のところ冷やしたほうがいいじゃない?」たまらずにフローラがジンに声をかける。
「え。あ、はい……」と答えるジンの額は赤くなっていた。
「いいのよそんなの放っておけば、自業自得なんだから」ラベンダーがそういって、またプイとそっぽを向く。
「なに言ってるの!あなたが物を投げつけたりするからいけないんでしょ?ちゃんと謝りなさい!」
普段は物静かなフローラだが、さすがにラベンダーの取る態度の悪さを嗜める。ラベンダーは、横目でチラッとジンの額の傷を見てから、納得がいかない表情のまま小さな声で「ごめんなさい」と謝った。しかし今度がジンは、それには答えようとしない。
「だいたいね~、いつも寝坊しているジンが、あんな時間に起きてくるから悪いのよ!」
「別にわざとやったわけじゃないし……。だからっていきなり物を投げることないだろっ!」
「どーだか、私がシャワーを浴びているのを知っててわざとドアを開けたくせに。この変態!」
「ラヴァンがいるのを知ってたら、ドアを開けるわけないだろ!」
二人の様子に慌ててフローラがいさめる。
「ほら、たまたまタイミングが重なってしまっただけのことなんだから、ね?ラヴァン」
「ごめんなさいね、ジン。家は女所帯で暮らしてきたものだから、男の人が家の中にいる生活に慣れていないの。だからこれからは、もう少し気をつけてもらえるかしら?」
ラヴァンは素直に返事をしなかったが、ジンはこれから気をつけますと小声で言った。
すると、ラベンダーは顔を上げてジンをじっと睨みつけて来た。
「変態!エッチ……。女の子の裸を覗き見するなんてサイテー」
「はぁ?俺はな、こうみえても学院では一目置かれてて、女なんて俺の周りには山ほど居たんだ。わざわざ、おまえの裸を覗き見するほど困ってない!」
「…………」
その言葉に、フローラとラベンダーは一瞬顔を見合わせて沈黙する。
二人の様子がおかしいことに気がついて慌てるジン。
「……あの……俺なんか変なこと……」
「ジン、あなた記憶が戻ったのね!」フローラが一気に笑顔になる。
(あ、そっか。俺、記憶喪失ってことになってたんだ……) ジンは、自分の状況を思い出して思わず背中が冷りとする。
「思い出したんだ!……」ラベンダーも先ほどまでのことを忘れてしまったように、嬉しそう笑ったが、その直後、ラベンダーの顔色に一瞬陰が差したようにジンには見えた。
「えっと、その。思い出したって言っても、なんかそうだったかな~って感じで、他の事はなにもまだ……」
ジンは慌てて言いわけのように言葉を繋げ、俯いた。
「あら?そうなの。でも大丈夫よ、これから少しずつ思い出していくわよ!」フローラはそういって安心してというように頷く。
ジンは上目遣いでチラッとラベンダーを見たが、ラベンダーは「少しでも思い出せてよかった」と言うフローラと顔を見合わせているので、ジンの視線には気がついていないようだ。
「でさ、どんな学校に行ってたの?何を勉強してたの?なんていう学校の何年生?」と声がして慌ててジンが顔を上げると、ラベンダーが真っ直ぐにジンの顔を見ていた。さっきジンが感じた陰りは、その顔には残っていなかった。
「えっと、そんなに細かいところまでは……」ジンが答えに詰まって口調が尻つぼみになる。 言葉に詰まったジンの様子を見て、咄嗟にフローラが声をかけた。
「あら大変!ラヴァンもうこんな時間よ。髪の毛乾かさなくていいの?」
「あ、いっけない。ロジャーさん達が来ちゃう」
フローラの言葉に、ラベンダーは壁の時計を確認して慌てて支度をしに洗面所に駆け込んでいった。
そのラベンダーの後姿を、食卓に座ったままジンが見送った。
「ジン。焦らなくていいから。少しずつ思い出していけばいいから」ジンが顔を上げると、フローラは優しく頷きながらそう言った。