4. ラベンダーの初恋 2
4. ラベンダーの初恋 2
* * * *
リーン リーン リーン……
ラベンダーハウスの店の電話が鳴ったのは、ロジャーが来る前日、夕飯を終えたばかりの時だった。
「あ、私がでるわ」
夕飯の片づけをする手を止めて電話に出ようしたラベンダーを制して、リビングのフローラが声をかける。
「はい。あらロジャーさん……ええ、あらそう!久しぶりね……」
どうやら電話の主はロジャーらしい。明日の確認の電話でも入れてきたのだろう。ラベンダーは、食器を洗いながらそう思った。 昼間、「俺も手伝うから」と宣言したばかりのジンはフランの花摘みを手伝っただけで、自分が使った食器の片付けさえも手伝わずに食卓に座ったままだ。今まで家のことなど何一つやったことのないジンにしてみれば、何をどう手伝えばいいのか分からず食器を下げるなんてことはまったく考えも及ばないでいた。
(ったく、な~にが『俺も手伝うからよ』)
ラベンダーが不機嫌なのは分かっていたが、ジンにしてみれば何故ラベンダーの機嫌が悪いのか分からず、仕方がなく食卓に座っていた。
「ラヴァン、大変よ!」気まずい空気の二人の間に、満面に笑みを湛えたフローラが飛び込んできた。
「なになに?」
「明日ね、アンソニーも一緒に来てくれるんだって」
「え~~。アンソニー帰ってきてるの?うそ~~?本当に?」
つい今しがたまであれほど不機嫌だったラベンダーが、いきなり嬉しそうに小躍りしている様を見て、ジンは何が起こったのかわからずに呆気に取られていた。
「ああ、アンソニーって言うのはね、ロジャーさんの息子さんなのよ」
ジンの様子を察したフローラはそういってアンソニーのことをジンに説明を始めた。
アンソニーはロジャーの息子で、ラベンダーより10歳上で彼も薬草師をしている。彼もロジャーと一緒に薬草の仕入れにここを訪れていたので、ラベンダーは小さい頃からよく遊んでもらっていたらしい。フローラの後を継いでいずれ自分も薬草師になりたいと思っているラベンダーは、アンソニーに勉強を見てもらうことも多かったという。 それにしてもラベンダーの喜びようは尋常ではなかった。
「ほんとに久しぶりだよね!そっか~、アンソニーが来るんだ!!」
キャッキャッとはしゃぐラベンダーは、本当に嬉しそうでその笑顔はキラキラと輝いて見えた。
(こいつこんな顔して笑うこともあるんだ)
はしゃぎまわるラベンダーの姿に、いまいち事情が読めないジンはどこか冷めた気持ちでその様子を見ていた。一方のラベンダーは、そんなジンの様子など全く目に入っていない様子だ。
憧れのアンソニーに会えるのだ。この前会ったのは半年くらい前だっただろうか?
「早く会いたいな~」唄うような口調で何度もそう繰り返していた。
アンソニーは大学を卒業してから、実家を離れて大きな街の薬草問屋に勤めていた。地元の高校に通っていた頃は、毎回のようにロジャーについてラベンダーハウスに来ていた。大学に進学してからも、学校の長期休暇で実家に戻ってきたときには必ず顔をだしてくれる。時には、ロジャーとともに泊りがけで来ることもあり、ラベンダーは夜遅くまで勉強を教えてもらったり学校の話を聞かせてもらったりしていたのだ。アンソニーに会えること。それはラベンダーにとってはこの世の中で一番嬉しい出来事だった。
ベッドに入っても、ラベンダーは明日アンソニーに会えるのかと思うと胸が高鳴って、なかなか寝付けないでいた。
「でも、寝不足のみっともない顔を見せたくないから、早く寝なくちゃ!」そう自分に言い聞かせて目を瞑るのだが、脳裏には優しく微笑むアンソニーの顔がべったりと張り付いて取れない。結局、うとうととしただけで朝を迎えてしまった。
「はぁ、全然眠れなかった。嬉しすぎなんだもん」
ラベンダーはまたアンソニーの顔を思い浮かべていた。それから、はっと気づいて慌てて飛び起きると、机の上の鏡を覗き込む。
「あ~あ。やっぱり……。すごい寝ぼけた顔してる。だめだ……。まだちょっと早いけど、顔洗ってこよう」そう呟いて部屋を出た。
フローラはまだ目を覚ましていないらしく、階下は人気がなく静まり返っている。
ふとリビングにある鏡に映る自分の姿をみたラベンダーは、また大きなため息をついた。
「あ~あ、なんか腫れぼったい顔してる……。顔洗うだけじゃなくて、シャワーでも浴びないとだめかな~?」
1階で眠るフローラを起こさないようにと気遣って、なるべく水音を立てないようにシャワーを浴び終わったラベンダーが、バスルームのドアに手をかけたときだった。力をかけていないにもかかわらず、ドアがスッと開いた……。
「…………?」
「キャーーーー!!!」
ラベンダーは思わず大きな悲鳴を上げてしゃがみんだ。