3. ラベンダーハウス 6
3. ラベンダーハウス 6
食事を終えたジンが店に行くと、ラベンダーは伝票とにらめっこをしながら難しい顔をしていた。
「俺もなにか手伝うよ。何をすればいい?」
しかしラベンダーは伝票から目を離さず口を利こうとしない。暫くラベンダーの言葉を待っていたジンが、また口を開く。
「俺……」
「あのさ……」
「ん?」
「ジンはいつまでここにいるの?」相変わらず伝票に目を落としたままラベンダーが尋ねた。
「いつまでって言われても……」
そこへ片づけを終えたフローラもやってきた。
「ラヴァン、そんな言い方ないでしょ?ジンは記憶喪失なのよ?そんな人をどこかに追い出すわけにも行かないでしょ?」
「別に追い出すなんていってないじゃない。ただ……」
「ただ?」
「来週までいるのかどうか聞きたかったのよ。来週、ロジャーさんに持ってきてもらう食料のリストを渡さなきゃならないから」
「それだったら、私がジンの分も入れてリストは作っておいたから心配しなくて大丈夫よ」
「そ、そう。来週の分のリストができているんだったらいいの」ラベンダーは少しだけばつが悪そうな顔をして、そそくさと温室の方に行ってしまう。
「あ。ラヴァン……」とラベンダーの後を追おうとしたジンを、フローラがそっと制した。
「ラヴァンはね、あなたがいつここから居なくなってしまうのか、心配しているのよ」
「え?俺が……」
「こんな山奥で、週に1回ロジャーさんが来る程度で後は私と二人きりでしょ?だから、本当は同年代のあなたがきてくれたことを喜んでいるのよ。ただね、素直にそう言えないだけで……」
「そ、そうですか……」
「無理をしないで、ゆっくり思い出してくれればいいわ。そして、あなたの都合がつくだけ、遠慮しないでここにいてくれて構わないから」
「ありがとうございます。お言葉に甘えてお世話になります」そういうとジンは深々と頭を下げた。
温室の奥ではラベンダーがフランの花を摘み取っていた。フランの花びらからは質のよい香料が取れるのだという。今は最盛期で、温室の中にはフランの甘い香りがむせ返るように漂っていた。
「ラヴァン?さっきはごめん」
「……私……」
「ん?」
「ジンにここを出て行って欲しいと思ってるわけじゃないから」
「……」
「ただ……またロジャーさんに無理を言って、迷惑をかけたらいけないと思って……、だから」
「分かってる。俺こそ助けてもらったのに、悪かったと思ってるよ」
「でも……ごめん……さっきは言い過ぎた」
「いいよ。本当のことだし……」
「……」
「俺は気にしてないから。……それより、俺も手伝うよ」
「ありがと。……えっと、じゃあここが赤くなったヤツを摘み取るようにしてね」
ラベンダーはそういうとまたフランの花に視線を向けて作業を始めた。
ジンは、ラベンダーがフランの花を摘み取る手元からその横顔に視線を移した。彼女の瞳は吸い込まれそうな深いラベンダー色をし、そこに長い睫が陰を落としていた。ファーストネームはマリアだが、瞳の色に由来して「ラベンダー」というセカンドネームが付き、そこからラヴァンと呼ばれているのだと話してくれた事を思い出した。
「なに?手伝ってくれるんじゃなかったの?」
「あ、ごめん。どの程度赤くなった花を摘めばいいのか、ラヴァンが摘むのを見てたんだ……」
ついラベンダーの横顔をまじまじと見つめてしまっていた自分に気がつき、ジンは慌てて言い訳をするとフランの花を摘み始めた。