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ラベンダーの空  作者: 凌月 葉
3. ラベンダーハウス
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3. ラベンダーハウス 5

3. ラベンダーハウス 5


 ジンは数日もするとベッドから起き上がり普通に生活ができるまでになった。ジンは体調が戻ってから、部屋のベランダから表の景色を眺めていた。かなり標高の高いところにあるこの家の窓からは、遠くに山頂に万年雪を載せた山の稜線と、眼下に麓まで続く森を一望することができた。薄紫色の結界にふたをされたようなルードの里の景色は、いつも薄い靄がかかったような色に見えそれが当たり前だと思っていた。しかし、太陽の光を何もさえぎるものがない下界の景色は、ルードの里のものとは比べようがないほど色鮮やかで、ジンの目にはそれだけで新鮮な感動を持って映った。見上げると、夢で何度も見た吸い込まれそうに蒼い空がどこまでも広がっている。その空に両手を広く差し出しただけで、自分がどこへでも行かれるような気持ちになれることが、嬉しくて仕方がなかった。


 しかしそれも、数日すれば見慣れた景色となった。ここでの生活にもかなり慣れたが、ここが下界のどの辺りにあるのか、これから自分がどこに行けばいいのか何もわからない今は、うかつに行動を起こすこともできない。そんな状況で、ここ数日間ジンは怪我が治ったにもかかわらず、すっかり時間をもてあましていた。


「しっかし、何もすることがないっつーのも退屈だよな~」

呑気にそう言うと、大きな欠伸をしながら伸びをする。グゥ~~~。その途端にお腹が大きな音を立てる。


「そっか、そういえばまだ飯食ってなかったな」そういうと部屋を出て1階のリビングへ向かった。


「あら、ジン。おはよう」ジンの姿を見てフローラが微笑みながら声をかける。


「あ、おはようございます」


「お腹空いたでしょ?朝ごはん今用意するわね」


「ラヴァンは?」


「あ、明日ロジャーさんが来る日なんで、倉庫で出荷の準備をしてるわ」


 ここの家には、月に数回麓の薬問屋のロジャーが薬草の仕入れに訪れる。しかし、その他には殆ど人が訪ねてくることは無かった。山の斜面を上手く利用して建てられたこの家は、1階に「ラベンダーハウス」と呼ばれる薬草を扱う店と薬草を栽培するための温室、そしてリビングとキッチンなどがあり、2階にはラベンダーの部屋とジンが寝泊りしている部屋と薬草倉庫があった。家の北側には小さな塔と水車があり、山から引いてきた水を発電や動力などに上手に利用しながら暮らしていた。ジンがリビングの食卓につくと、そこに倉庫から荷物を山ほど抱えたラベンダーがやって来た。


「あ~~。ジン今頃起きたの?いいわね~、何もすることがない人は!」ジンを横目に見てラベンダーが嫌味を言う。そこにフローラが朝食をトレイに載せてやってきた。


「今日はベーコンもハムも切れてしまって、スクランブルエッグとサラダしかないの。明日ロジャーさんが持ってきてくれるんで今日は我慢して頂戴ね」


「……」


「フローラ、謝ることなんかないわよ。ジンが、あんなにガツガツ食べてしまわなければ、明日までちゃんと食べられるはずだったんだから」ジンが口を開く前に、ラベンダーがそう言い放った。


出荷作業の忙しさからか、なんだかラベンダーは機嫌が悪い。 それもそのはずだった。怪我が治ってから、ラベンダーが何を聞いても一切答えようとしなかったジンに「もしかしたら、記憶喪失になってしまったの?」とフローラが言った。

(ちょうどいい、そういうことにしておこう)その言葉にジンはこっくりと頷いた。


「記憶喪失ってね、本人はとても不安で辛いものなのよ。だからジンは記憶が戻るまでここでゆっくりしていくといいわ」とフローラは静かにそういって微笑んだ。初めのうちはラベンダーもジンを気遣っていたのだが……。 育ち盛りのジンは、一日何もしなくても腹が減る。最初のうちはジンも遠慮をしていたのだが、食事をした直後にお腹がグウグウと鳴り出すのを聞いて、フローラが「遠慮しないでお腹一杯食べて頂戴」と言ったのだ。 その言葉を聞いてからのジンは食欲旺盛で、下手をするとラベンダーとフローラの二人分以上を一回の食事で平らげる。余りの食べっぷりに、ラベンダーはあっけに取られて「ジンが食べてるのを見てるだけで、「食欲が悪くなった……」と食事をやめてしまったこともあるくらいだった。


 しかし、ここは山の奥の奥。しかも女二人でひっそりと暮らしてきた家だ。二人の食料は、薬問屋のロジャーが薬草の仕入れと一緒に届けてくれているのだが、先週は麓の森に原因不明の黒い霧が発生し、来る事ができなくなったと連絡が入った。 天候によって、今回のようにロジャーがこられなくなってしまうこともあるので、食料庫にはかなり多めにストックが置いてあったのだが、食欲旺盛な少年が転がり込んで思う存分食べてしまったので、あっという間に食料庫は空になってしまった。 そこで慌ててフローラは薬問屋のロジャーに連絡を取り、急遽食料を届けてもらうことにした。そのためにラベンダーは、急いで薬草の出荷作業をすることになり、朝からバタバタと立ち働いていた。しかし、当の本人であるジンはそれを手伝うわけでもなく、かなり遅く起きてきても平気な顔をしている。それがラベンダーには腹立たしくて仕方がないのだ。


「ジンにいい事教えてあげようか?」ジンの前の食卓を、バシッっと叩いてジロッと睨んでラベンダーが言った。


「ん?……あ、はい」慌てて背筋を正して椅子に座り直すジン。


「働かざるもの食うべからず!」フンッと鼻息荒く言い終わると、と踵を返してラベンダーは店に戻っていく。


「……」無言でラベンダーの後姿を見送るジンに、フローラが声をかけてきた。


「こめんなさいね。あれでいてあの子なりにあなたのことを心配しているのよ。ただ、こんな山奥で育ったものだから、あなたにどうやって接したらいいのか分からなくて、あんな態度を取ってしまうのだと思うから。ごめんなさいね」少しだけすまなそうな声のフローラ。


「いえ、俺もすっかり甘えてしまって。食い終わったら何か手伝います」ジンもすまなそうにしながら答えた。



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