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ラベンダーの空  作者: 凌月 葉
3. ラベンダーハウス
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3. ラベンダーハウス 4

3. ラベンダーハウス 4


* * * *


「じゃあフローラ、行ってくるね」ラベンダーはそうフローラに告げると店を出た。まだ、夜も明けきらぬ早朝のことだった。

「気をつけていってらっしゃい、ラヴァン」振り向くとフローラが店の窓から手を振っているのが見えた。


 「ラヴァン」は、ラベンダーの愛称だ。ラベンダーという花は、古典語で「洗う・浄化する」という意味のラヴァンから由来しているので、ラベンダーもそう呼ばれるようになった。ラベンダーはこれから、いつもよりも遠くの山へ薬草を採りに行こうとしていた。以前はフローラと二人で行っていたのだが、先日フローラが山で足を悪くしてしまい、今日はラベンダーが一人で行く事になった。



「バロン、行くよ」


 バロンは、フローラとラベンダーが飼っている犬の名前だ。体が大きくて力が強く、ラヴァンが小さい頃には、背中に乗せてあやしくれた。雑種犬だが賢くいざという時には頼りになる存在でもあった。そのためフローラが山に入ることができなくなってから、ラベンダーはバロンを伴って薬草採取に行くようになった。


 ラベンダーとバロンは、車庫に置いてあったムカデのような形の車に乗り込む。これは、この辺りの山を昇るためによく使われている車で、車輪の代わりに昆虫のような8本の足があり、この8本の足の角度を変えることで、少し急な斜面でも楽に登ることができるようになっていた。ラベンダーは機材や食料を一杯詰め込んだ大きなバッグをその車の荷台に積むと山奥に向かった。


 山道をどんどんと奥に向いながら、ラベンダーはずっと胸騒ぎを感じていた。それは明け方近くに見た夢のことだった。誰かが夢の中で自分に向って「助けて」と言ったのだ。その声には聞き覚えがあるような気もしていたが、いくら考えても誰なのか分からなかった。だが、消えてしまいそうに力のないその声が、いつまでも耳の奥で響いていて気になって仕方がなかった。


 結局その胸騒ぎに、いても立ってもいられなくなり、こんな早朝に家を出ることにしたのだ。いつもなら途中でとるはずの休憩も取らずに目指したおかげで、ラベンダーはかなり早く着くことができた。そこ

は地元の人達から「ささやきの谷」と呼ばれている谷だった。風が谷を抜けるときに、誰かがささやいているような音がすることがあり、それが名前の由来だとフローラが話してくれた。この谷には怪我にとてもよく効く薬草が生えているのだ。だが谷底に降りるには、草が生い茂る斜面を降りていかな

くてはいけなかった。草についた朝露で、普段にも増して滑る斜面をラベンダーはバロンを伴って注意深く降りて行く。すると、また頭の中に声が響いた。


(助けて……)


 昨日の夢の中で聞いたのと同じ声だった。ラベンダーは斜面の途中で向きを変え、声がしたと感じた方向に向って進んで行った。バロンもラベンダーの後ろにピッタリとついて来た。すると、急にバロンが吼え、ラベンダーを追い越して斜面を下って行った。


「あ、待ってバロン」


慌ててラベンダーも斜面を下って行く。バロンは、少し先の木のところで何かに向って吼えていた。駆けつけてみると、見たこともない少年が倒れていた。


「どうしたの?あなた大丈夫?」


ラベンダーが少年に声を掛けると、少年は薄っすらと目を開いた。その少年がジンだった。ジンは、なにか言おうとしているようだったが声にはならなかった。


「酷い怪我をしてるじゃない、ちょっと待っててね」


ラベンダーはそう言うと、バロンを残して薬草の生えている場所に向った。そして、手当たり次第薬草を採ると、急いでジンが倒れている場所まで戻った。


「今手当てをするから」


ラベンダーはそうジンに話しかけると、自分とバロンが背負っていた荷物を降ろし薬草を処方するための道具を取り出した。まず水筒を取り出してジンの傷にそっとかける。


「うっ」

「ごめん、ちょっと痛いけど我慢して」


次にラベンダーは手早く布を取り出すと、細長く裂いて止血のためにジンの足に巻いて少しきつめに縛た。それから、今採ってきた薬草をすりつぶし怪我の上に貼り付け、残った布を包帯代わりに巻いていった。ラベンダーが治療のためにジンの体の向きを変えようとした時、またジンが大きな声で唸った。


「いてっ」


ラヴァンは慌てて向きを変えるのを止め、傷の様子を確かめるようにそっとジンの右腕を診る。


「酷い怪我、しかも火傷まで負って。すぐに治してあげるからちょっとだけ我慢して」


 そういうと、ジンの右手に両手をかざして、口のなかで何かを唱え始める。するとラベンダーの掌が、淡い紫色に光り出した。それは、フローラから教えてもらった怪我を治すためのまじないだった。ラベンダーには、小さい頃から不思議な力があった。 一つは、彼女は動物達と話をすること。話すと言っても、動物達の頭の中にあるイメージを見たり、自分の中のイメージを動物たちに伝えたりることができるといった感じだった。そして、彼女が持つもう一つの不思議な力がこの怪我や病気を治すことができるまじないだった。今までも、何度も森や山の動物達の負った怪我をこの力で治療してきた。


 ラベンダーは、じっと目を閉じて傷を治すことに集中する。紫色の光は、ジンの傷をうっすらと覆う。しばらくして、ラベンダーがジンの腕から手を離して地面に手をついてどっかりとその場に腰を下ろした。その様子を黙って横に座って見ていたバロンがそっと歩みよる。ラベンダーは、額に汗を光らせたままニッコリと笑うとバロンの頭や体をクシャクシャとなでた。


「とりあえず、応急処置完了!直ぐにちゃんと治療してあげるから、もう少し我慢してね」

ラベンダーが体を起こしてそっとジンの顔を覗き込んでそう言うと、ジンは薄目を開けて顔を見上げて微かに頷きそのまま意識をなくしてしまった。そして、ジンはずっと眠り続け三日目の朝にようやく目を覚ましたのだった。


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