3. ラベンダーハウス 3
3. ラベンダーハウス 3
「やっと、こっち見たわね」
スープでお腹が一杯になったのか、ラベンダーはフウっと大きなため息をついてからベッドの横に降り立つ。
「ねえ、なに意地を張ってるのか知らないけど、お腹空いてるんでしょ?」
ラベンダーは、机の上の鍋からまた器にスープを注ぎながらそう言った。 ジンのお腹ももう限界で、いきなりまた大きな音を立ててグゥと鳴る。
「ほら、お腹が欲しいって泣いてるよ?ね、一口でいいから食べなよ」
そう言うと、今度はジンのベッドにそっと腰掛け、ジンのことを覗き込んで優しく言った。ジンは、あまりに大きな音をたててお腹が鳴ってしまったのですこし恥ずかしそうに俯いたが、直ぐに上目遣いにラベンダーの顔をみた。 ラベンダーの瞳は、とてもきれいに澄んでいてとてもジンを騙そうとしているようには思えなかった。ジンは、一度目を瞑って少し考えてからゆっくりと目を開き、ラベンダーの顔を見て「スープもらってもいい?」と聞いた。
「うん、もちろん」その言葉を聞いたラベンダーは、とても嬉しそうににっこりと笑い、器からスプーンにスープをすくってからふうふうと吹いて冷まし始めた。
(この子の笑顔に、負けたって感じだよな)ジンはそう思いながらその様子を見ていた。
「熱かったらごめんね、口あけてくれる。ほら、あーん」
そういうとラベンダーは、自分の口も『あーん』と開けながら、まるで赤ん坊にスープを食べさせるように、そっとジンの口の中にスープを流し込んだ。
「いてっ」
スープが口の傷にしみて、ジンは小さな声をあげる。
「大丈夫、傷にしみる?」ラベンダーは、心配そうにジンの顔を覗き込む。
「ちょっとしみるけど大丈夫。スープ、すごい旨いよ」ジンは、すこしだけ笑顔をみせてそう答えた。
「ほんと?美味しい?よかった。ねえ、もう一口飲む?」
ラベンダーはほっとした笑顔をみせると、またスープをふうふうと冷まし始め、また赤ん坊に飲ませるように『あーん』と言ってジンに口をあけさせる。
「ふふふ」その様子を見ていたジンが、思わず笑い出してしまった。
「え?なにいきなり。なんか可笑しい?」ラベンダーは、困惑した様子でジンに尋ねる。
「いや、なんか……。君っていい娘だな、と思ってさ」
笑いながらジンが答えると、ラベンダーは、横目でチラッと見てから。
「それって、スープをくれるからってこと?」
「まさか、ちがうって。面倒見がよくて優しいんだなって思ったんだよ」ジンは、また笑いながらそう答えた。
「そう?面倒見いい?これだけ酷い怪我をした怪我人に対してだったら、誰だってこれくらいするんじゃない?ほら、口あけて、あーん」
ジンは、素直に口をあけてスープをゴクリと飲み干す。
「もう、『あーん』はいいよ。自分で飲めるから」
ジンは、ラベンダーが、あーんと口を開けさせる様子がおかしくて、そのままラベンダーにスープを飲ませてもらったら、笑って吹きだしてしまうかもしれないと思ったからだ。
「え?だって、利き腕使えないのに食べられる?」
ラベンダーは、心配そうにジンの右腕の様子を伺う。
「あ、そっか……。でもなんとかなると思う」
そういってジンは、左腕でスプーンを受け取った。ラベンダーはスープの器をジンがすくいやすい位置まで持って行く。
「大丈夫?」
「たぶん」
ジンは、左手でそっとスープをすくって口に運ぶが、左腕も傷を負っているせいかなんだか動きがぎこちなくスープをこぼしそうになる。
「あ、ほら。いいよ無理しないで私がやるから。『あーん』は抜きで……」
ラベンダーは、ちらっと横目でジンを見るとさっとスプーンを取り上げてまたスープをジンの口に運び始めた。結局、そのままジンはラベンダーに飲ませてもらいスープを平らげてしまった。ジンがスープをちょうど飲み終えた頃、ドアが開きフローラが部屋に入ってきた。
「あ、フローラ。あのね、ジンがスープ飲んでくれたんだよ、ほら!」
ラベンダーは、今飲み終えたばかりのスープの皿を、フローラに見せながら言った。
「そう、良かったわね」
フローラは静かに微笑んでそういうと、ラベンダーと入れ替えるようにしてジンのベッドの横の椅子に腰掛ける。
「ジンだったかしら。初めまして、ラベンダーの祖母のフローラです」
フローラはまた穏やかな口調でそういって、ジンに軽く会釈をした。それから、ジンの手首にそっと手を触れて、「ちょっと脈を見せてもらえるかしら?」と言った。
いきなりの事に、ジンは怪訝そうな顔をしてフローラの元から布団の中に手を引っ込めてしまう。
「あ、安心して。フローラは薬草師なの。フローラの調合する薬はとってもよく効くから、怪我もすぐによくなると思うよ」その様子を見て、ラベンダーが慌てて言った。
薬草師という仕事はルードの里にもある。昔、魔法使いと人間が一緒に暮らしていた頃、魔法使いの多くが薬草と魔法を使って病気や怪我を治す仕事に従事していた。魔法使いが人間界から去った後、魔法使い達から薬草の調合法などを伝授された者たちがその手法を用いて薬草師となり、病気や怪我の治療をしているという話も聞いた事があったが、ジンはまだ疑いの色を浮かべた眼差しでフローラを見ていた。
「あら、ラヴァンはまだ何も話していなかったの?それじゃあジンだって怪しいと思うわよね?」
そういうと、フローラは驚かせてごめんなさいねと詫びながら、今ジンがいるこの家のことについて話始めた。ここの家は、迷いの森の入り口にあたる山の山奥に建っていること。ラベンダーの両親もフローラと同じ薬草師で優秀な植物学者だったが、ラベンダーがまだ赤ん坊の頃に飛行機事故で亡くなったために、薬草師をしているフローラがラベンダーを引き取り、薬草の豊富な山奥の家で暮らして来た事を話した。説明を終えるとフローラは、何も言わずに静かにジンの顔を覗き込んでから聴診器を取り出した。
「聴診器をあてさせてもらってもいいかしら?服の前を少し開けてくれる」
フローラがジンにそういうと、ジンはまだ少し困惑した表情のまま服の前を少し開けた。フローラは、注意深く何度か聴診器を胸に当て、それを耳からはずしてから「ありがとう、もういいわよ」と言った。
「どう?」
心配そうに、フローラの後ろからラベンダーが覗き込んでくる。
「大丈夫。直ぐに起きられるようになるわ」
フローラは、肩から顔を出したラベンダーの頭を軽くなでながらそう答えた。
「良かったねジン。早く直りそうだって!」
その言葉を聞いたラベンダーは、まるで自分の事のように嬉しそうに笑った。ジンはその笑顔を見ながら、この人達の事は信用してもいいのかもしれないと思い始めていた。