3. ラベンダーハウス 2
3. ラベンダーハウス 2
「さ、ラヴァン。彼は眠っているんだし、あんまりここでおしゃべりをしていて、起こしてしまってもかわいそうだから。そろそろ下へ行きましょう」
フローラがラベンダーの隣に来て、椅子から立つように促している様子がする。
「でも・・・。もう2日も寝てるんだよ、いい加減なにか食べないと・・・。」
下に行くわよと、ラベンダーに声をかけてフローラは先に部屋から出て言ったようだが、ラベンダーはその声に、「うん」と返事だけをして、心配そうにジンの様子を伺っているようだった。
(2日?オレはココに連れてこられてもう2日にもなるのか……。)
ジンは愕然とした。昨日の出来事だと思っていたのは、もう3日も前のことだったのだ。
(そんなに寝ていたのか……、そういえば腹が減ったかも?)そうジンが思ったとき、ジンのお腹がぐぅーっと大きな音を立てて鳴った。
「ほら、ほらね。やっぱりお腹が減ってるんだって」
ジンのお腹が鳴る音を聞いたラベンダーは、ドアの前からジンの寝ているベッドの横まで飛んでくると、優しくジンをゆすって起こし始めた。
「ねえ、ジン。お腹空いたでしょ?起きて。スープ持ってきたから」
これだけゆすられているのに眠った振りをして、怪しまれてはいけないと思ったジンは、ラベンダーの声に応えて目を覚ました振りをした。
「ごめんね起こして、でもずっとなにも食べないで寝ていても体に悪いから」
ラベンダーは、ジンの顔を覗き込んでそう言うと額に手のひらを当てた。
「んー、まだちょっと熱があるみたいね。スープはあまり熱くないほうがいいわね、口の中も少し切ってるみたいだし……、ねえちょっと口を開けてみて?」
ラベンダーは、まるで医者が患者を診察するような口調でそう言った、しかし、ジンは横を向いて口を開けようとはしない。
「ちょっと傷の具合を見るだけだから、ほら」ジンの頬に手をあてて、無理矢理自分の方を向かせようとする。
「いてっ」顔の傷の上を触られてジンは思わず声を上げる。
「あ、ごめんなさい。痛かった?ほら、傷みるだけだから、ね」
目の前で、手を合わせてぺこぺこと謝るラベンダーの根気に負け、ジンは仕方なく口を開けたが痛みが走り大きく開くことはできなかった。
「うわっ、やっぱり切れちゃってるね。痛そう。ごめんね、痛いのにごめんね」
傷を見ながら、まるで自分が痛い思いをしているように顔をしかめるラベンダー。その顔は、けが人のジンよりも、よっぽど痛そうなだった。 しかし、ラベンダーは傷の手当てなどに関して手馴れた感じで、ジンの体のあちらこちらの傷の様子を、できるだけ痛い思いをしないようにと気遣いながら診ていることも感じられた。一通り診おわると、「ちょっと体起こせそう?少しなにか口にした方がいいから」そういって、肩を貸して上体を起こそうとした。
「いてて……」ジンがまた声を上げる。
「ごめんね、ちょっとだけ我慢して!」
ラベンダーは、そう声を掛けると軽く起こしたジンの背中に手際よく枕とクッションを押し込んだ。
「どう?どこか痛くない?大丈夫?」
ラベンダーはそう言い、注意深く肩と手を離す。しかし、何を聞かれてもジンは黙ったままぷいと横を向いた。ジンにしてみれば相手の正体が分からない今、簡単に目の前の少女に心を許すことはできなかったのだ。
「痛くしたから怒ってるの?」
何を聞いてもジンは横を向いて黙秘を続けたが、ラベンダーは懲りずに話し続ける。
「ね、何か食べないと体に毒だから。一口だけでもいいから。ね?こっち向いて」
何を話しかけてもジンはそっぽを向いたまま反応しようとしない。その態度の悪さに、さすがのラベンダーもだんだん腹が立ってきたらしい。
「ねえ、ちょっと聞いてるの?話せないわけじゃないでしょ?さっきは名前を言えたんだから」
それでもジンは、ラベンダーの方を向く気も口を利くつもりも無かった。すると、その様子をしばらく黙って見ていたラベンダーが、いきなり大きな声をだした。
「もう、頭来た!ねえ、いい加減にしなさいよ。ほら、こっち向く、口を開ける」
ラベンダーは、いきなりジンの体のすぐ横に座り込むと、グイとジンの顔を自分の方に向かせた。そして、左手で顔を押さえたまま片手で机の上においてあったスープの器をベッドへ下ろした。ジンは、あまりに突然のことにビックリしたが、あわてて左手でラベンダーの手を振り払い、またさっきと同じように横を向いてしまった。いきなり手を払われたラベンダーは、唖然とした顔をしてジンを見た。
「なにするのよ!いきなり払うことないでしょ?スープこぼすかと思ったじゃない!」
ラベンダーはかなりの剣幕でジンに食って掛かるが、ジンは取り合う様子は無い。
「あなた、このスープに毒でも入ってると思ってるわけ?じゃあいいわよ。もう私が飲んじゃうから、お腹が空いたって泣いても分けてあげないんだから!」
ラベンダーはジンに向ってそう言い放つと、持っていた器のスープをごくごくと飲み始めた。その突飛な行動に、ジンは驚いて思わずラベンダーの様子を見る。しかしラベンダーは、チラッとジンに視線を送っただけで、「美味しい」とか「こんなに美味しいのに食べないなんて馬鹿みたい」と独り言をいいながらスープを飲み続けた。スープからは、いかにもおいしそうな香りが立ち上り、ジンは思わずお腹がなってしまいそうになるのをグッと堪えた。
結局ラベンダーは、文句を言いながらもあっという間にスープを飲み干し「ごちそうさま」と器に向って軽く手を合わせて頭を下げた。
ジンは、あっけに取られてぽかんと口を開けたままその様子をみていた。すると、そっと顔をあげたラベンダーが、ジンをみていきなりニヤリと笑った。