2. 飲み込まれた運命 3
2. 飲み込まれた運命 3
ジンは、いつのまにかに眠ってしまったらしい。気がつくと温かなぬくもりの中にいるのを感じた。
(オレはまたあのいつもの夢を見ているのか)と思った。ただいつもと少し違うのは、ほのかなラベンダーの香りがしたことだった。遠くで誰かに話しかけられそれに対してなにかを答えたような気もしたが、いつもの夢の中の女の子が話しかけられたのだろうと思った。しかし、それも記憶の奥のほうにかすかに沈んでしまい、その時どんな会話をしたのかは分からなかった。そしてジンは、いつものあの夢と同じように、ぬくもりが与えてくれる安心感のなかで自分が深い眠りについていくのを感じた。
それからどれくらい経っただろうか、かすかに体が揺すられるのを感じてジンを覚ました。まだあの夢の続きの中にいるのだと思った。しかしいつもよりはっきりとした温かさに包まれているようだった。すると、自分の顔を誰かが覗き込んでいるような影がかかる気配を感じた。
(もしかしたら、あの夢の中の女の子かもしれない)とっさにそう思ったジンは、左手を自分の顔を覗き込む影がある辺りにそっと手を伸ばしてみた。 すると……、なにやら大きなぬいぐるみのような毛むくじゃらなものに触った。 その毛むくじゃらなものは、生温かく一定のリズムで揺れているようだった。
(なんだこれ?)
ジンがもう一度その正体を確かめようとしたとき、自分の顔になにか生暖かい風が吹きかかるのを感じて目を開けた。目の前には、大きな毛の塊があった。その塊はまた生暖かい息をジンの顔に吹きかけると、いきなり大きな舌でベロンとジンの顔をなめ上げた。
「うわぁ!」
ジンは、思わず驚いて大きな声を出してしまった。 すると、その大きな毛塊は、「ワン」と吼えた。 毛の塊だと思っていたのは大きな犬だったのだ。 ジンが目覚めたのは見覚えの無い部屋のベッドの上だった。記憶の奥に女の子らしい顔がちらついていたが、それが何を意味しているのかまるで分からなかった。 しばらくすると誰かが部屋に入ってきた。
「具合はどう?」
心配そうに顔を覗き込んでそう聞いてきたのは、自分と同い年くらいの少女だった。ジンは体を起こして何かを言おうとしたが、口から出てきたのはうめき声だった。
「いてっ」
「あ、まだ起きちゃだめだよ」
女の子は慌ててジンの体を抱きかかえると、そっとベッドに下ろす。
「酷い怪我だったからね。まだ少しの間は寝ていたほうがいいよ」女の子はそういうと、布団をかけなおしてベッドの脇に座った。
「私はラベンダー、よろしくね」
ニッコリ笑いながら、女の子はそう自己紹介をした。ジンは、その名前に聞き覚えもなく顔も知らなかったが、不思議とその笑顔はジンのことを癒してくれる感じがした。
「話はできそう?あなたの名前は?」
ラベンダーと名乗る女の子を改めて見てみると、その子の服は里で着ているものとはかなり違った感じだった。「ジン」と短く自分の名前だけを答えた。自分がいる場所がルードの里ではないのような気がして、それ以上答える気がしなかったのだ。
「そう、ジンっていうのね」ラベンダーは優しく頷きながらそういうと、何かに気がついたように窓に駆け寄った。
「あ、ごめん。カーテンを開けるの忘れてたね。今日はすごくいい天気なんだよ、ほら!」そういいながらカーテンを開ける。ジンは、外の光のまぶしさに一瞬目を閉じてから、明るさに目を慣らすように少しずつ目を開いてく。するとそこには、あの夢の中で見たのと同じ真っ青な空が広がっていた。
(オレはまだ夢をみているのか?)
ジンは、自分が見ている景色が夢の中の出来事の続きなのではないか、と疑いたくなる気持だった。
-真っ青な空-
それはつまり、今自分が結界の外にいることを意味していた。小さい頃、祖母から外界の空は青いの
だという話を何度も聞き夢では見たこともあったが、本当はどんな色をしているのだろうとずっと想像していたのだ。その青い色をした空が、自分の目の前にある窓の外に広がっていたのだ。ジンはそのとき、予想もしていなかった運命の渦の中に、自分が飲み込まれてしまったことを知ったのだった。