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第八話 皇帝陛下の恋物語

 



 再会して五日。安里(アンリ)蒼潤(ツァンルン)、そして紅武(ホンウー)は、毎日を楽しく騒がしく過ごした。


 当たり前のように緩やかに流れる時間は、それまでの長い空白を埋めるようだった。三人揃ってご飯を食べ、お茶を飲んだり話をしたり。

 長く旅に出ているウーにかかれば話の種は尽きなかったし、安里も風の精霊である花幻が仕入れてくる噂話をたくさん知っていたので、諸国の様々な情報は蒼潤を驚かせた。


 折を見て蒼潤が紹介してくれた彼の妻、つまり先の皇妃であるが、ウーは「お前とは全然似てないな、迫力美人だ」と安里をからかい、後で痛い報復を受けることとなった。

 現皇帝である蒼潤の息子と、宰相見習いをしている二番目の息子も、若い頃の蒼潤にそっくりで、安里はしかし何と言ったらいいか分からず、ただ「似ている」と言って苦笑するほかなかった。


 ある時には、思いついたら一直線派のウーによって、半ば引きずられるようにあちらの山こちらの湖へと探索に出かけ(もちろん普通の移動方法ではない)、蒼潤は「こんなにあちらこちらを見て回れるのなら、もっと若いときに来たかった」と零した。蒼潤は体力は衰えたものの、まだまだ大丈夫と、いつも微笑を浮かべていた。

 そんな蒼潤の体調を心配し、病気に合わせて薬草採ってきてを煎じよう、という安里の言葉も、「侍医が調合してくれたものがあるし、薬草に安里と一緒の時間を邪魔されたくないから」と言ってやんわりと断られてしまった。安里は心配していたが、蒼潤がそう言う以上どうすることもできずに、彼の体調の変化に注意することしかできなかった。



 ある夜、蒼潤を床に着かせ、自分は屋根の上に登って風に吹かれていた安里の元に、ウーがやってきた。

 手には酒瓶と杯を持っている。差し出された酒盃に、安里は黙って口をつけた。酒は飲めないわけじゃないが、好きでもない。適当に付き合ってやるかと思った時に、ウーが口を開いた。


「安里、お前、蒼潤に言わないつもりか?」


 いきなりの前置きのない質問に、安里は怪訝な顔でウーを見た。とたん、嫌そうな顔でウーはため息をついた。


「まさかとは思ったが、安里。まだ気付いてなかったのか?」


 またも「は~」と深く息を吐いたウーに、安里は不機嫌に問いかける。


「……一体何なんだ? 言わないとか気付かないとか。はっきり言え」


 ウーはその大きな体を丸め、居心地悪そうに尻を動かす。そして半眼で安里を横目にしながら言った。


「安里さ、俺が昔、好きだって言ったの覚えてるか? あれ聞いてどう思った?」


 怪訝な顔で安里は答える。


「どう……って……。別に。幼馴染だからな。私も好きだぞ、お前のことは」


 その言葉にがっくりと頭と肩を落としながら、健気にもウーは口を開いた。


「……じゃあ、蒼潤に言われたときは? 愛してるって、言われたろ?」


 その瞬間、安里は胸がキュッと痛むのを感じた。だが表情には出さず、無言を貫く。


「そなたしかいらないとか、そなたを失ったら生きていけないとか、いろいろ言われたんだろ? 嬉しかったんじゃないのか?」


 どんどん顔が険しくなっていく安里に、ウーは苦笑する。


「あいつって泣き虫だろ? 情けない面してるとき、可愛い、とか思ったんじゃないか?」


 重心を後ろに預け、片手で頭をがしがし掻きながらウーは言う。


「それに嫉妬、したんだろ。あいつに子供がいることに」


「……だったらどうだというんだ?」


 ようやく一言口にした安里に、ウーは畳み掛ける。


「世間じゃなぁ……それを恋ってゆーんだよ、安里」


 瞬間、ぴしっと空気に亀裂が入るような感覚がして、ウーは慄いた。予想はしていたが、安里の殺気は……怖い。

 気を紛らわすように視線を動かすも、そこは屋根の上。頭上にはしんしんと瞬く星と下限の月しかなく、また春の夜の空気は昼間とは違って包み込んでくれるような温かさはない。


 濃紺の視界の中、安里が口を開くのが見えた。


「お前の言うとおり、私が蒼潤に恋してるとして、それでどうしようと言うんだ?」


 凍りつくような冷ややかな視線と声音で安里は問う。すぐに真剣になったウーの視線とぶつかる。


「どんなに想っていたとしても、私には蒼潤と一緒にいることなど出来なかった、そうだろう?」

 

 語調も厳しく、安里は吐き出すように言った。


「あいつは皇帝だ。私は……不死の、化け物なのだ。どう考えたって諦める他、方法がなかっただろうっ」


 ぼろりと、大粒の涙が大きな紫の瞳から零れ落ちた。


「不死になったあの時から、もう誰の言葉にも心を動かさないと決めた。……罰なのだ、浅はかだった自分への……。誰も好きにならないと、誓ったのだ……」


 はらはらと零れ落ちる涙は、言葉と気持ちが裏腹であることを雄弁に語っていた。

 

 安里は唇を必死にかみ締め、涙を止めようとしていた。それでも溶け出した感情に、体は素直に反応する。涙は止まることなどなく、かえって勢いよく零れ落ちていく。


 泣き出してしまえば、安里はもう自分の気持ちを止めようがなかった。だからこそ泣かずに我慢してきたのだが。半ば八つ当たりであると分かっていながら、どこにも遣りようのない感情をこぶしに込め、ウーにぶつけた。


「ウー! この馬鹿っ! 余計なことを言うな! 馬鹿!」


 ぼかぼかと叩かれながら、ウーは仕方ないな、という表情で笑った。


「なぁ、安里、お前『皇帝陛下の恋物語』って話、噂で聞いたことないか? お前の住んでた奥のほうの山までは届かなかったかなぁ」


「……は? 何の話だ」 


「皇帝陛下が若かった頃のお話です。陛下はある日恋に落ちました。その人は珍しい銀の髪と紫の瞳を持った少女でした」


 物語の文章をそのまま読むような口調でウーは語り始めた。思いっきり泣きたいところを邪魔された安里は、それでもウーの突拍子もない行動に慣れているため、訳が分からぬ苛立ちに眉間にしわを寄せつつもぐいっと涙を拭った。



  *

 


 一目惚れした陛下は、少女を宮殿へ連れて帰りました。しかし宮殿内は大騒ぎになりました。少女の珍しい容姿を鬼か妖が変化したのではないか、と人々が恐れたからです。なにしろ白髪の老人は見慣れていても、輝くような銀の髪は見たことがなく、宝石のように煌めく紫の瞳など、西方の国の人の中にも滅多にいません。

 もちろん陛下はそんなことをちっとも気にしていませんから、毎日少女の下へ通って楽しく過ごします。でも銀の少女は皆が自分を恐れていることに気づいていました。自分が陛下のためには邪魔な存在であると知っていた少女は、自分も陛下のことを好きだという気持ちを隠したまま、宮殿から逃げ出したり、わざと陛下に嫌われるようなことを言ってみたり、遠ざけたりしていました。




「……何というか、どういう物語だ、これは」


 苦いものをしこたま食べたような微妙な表情で安里は呟いた。


「あはは、本当にすごいよな、俺も初めて聞いた時は吹き出した。でもこの先聞くともっとぶっ飛ぶぞ」


 にやにや笑いながら、ウーは物語の先を続けた。




 ある日のことです。少女を迎えに青年が空から降ってきました。少女は遥か遠くの国の、精霊と対話する力を持った巫女姫だったのです。

 お迎えが来てしまった銀の少女は、国に帰らなければなりません。でも本当に少女を愛していた皇帝陛下は、少女と別れることなどできないと言いました。少女も陛下を愛していましたが、自分は精霊を御する巫女姫で住む世界も過ごす時間も違っているから后になることはできないと、愛する陛下、そして陛下の大切な民や国のために身を引く決意をしました。


 お別れの夜は月が綺麗な夜でした。きっと、いつかまた会えると言い、銀の少女は風に乗って夜の闇に消えてしまいました。


 愛する人を失った陛下は悲しみ続けました。そんな時、戦に出なければならなくなり、陛下はいっそここで死んでしまおうかと思いました。ところが、飛んでくる矢も槍も、陛下の御身を傷付けることはできません。陛下の元へ来る前に、不思議と落ちてしまうのです。

 それは、銀の少女が去る前に陛下に授けた風の精霊の力でした。愛する陛下の身に危険が迫るとき、自分の代わりに風が陛下をお守りできるようにと残していったのです。少女の守りの力のお陰で戦に勝った陛下は思いました。少女が自分を生かすのなら、生きなければならないと。


 その後陛下は少女を愛する気持ちを胸の中に秘めたまま、お后様を娶りました。お后様は優しい人だったので、少女を愛する陛下の全てを愛されました。そして陛下の愛する少女を『銀の方』と呼び、陛下をいつも励まし続けたのです。


 お子様にも恵まれ、この国はこれからも安泰です。銀の方が授けてくださった守護はお子様達をも守ってくださるからです。皇帝陛下は今でも銀の方を思い続けています。いつか、また会えると言ったその言葉を信じているのです。



「……はい、おしまい。な、すごかったろ」


 おかしくて仕方がない、といったにやけ顔でウーは安里を見た。安里はといえば、もう何をどう言ったらいいのか分からず、口をぱくぱくさせているだけだった。


「前半はほぼ事実、後半は事実と作り話の混ぜこぜってとこだな。お前は遥か遠くの国から来た不思議な巫女姫、俺ったらその精霊姫を迎えに来た使者になってるし、もう大爆笑。ちょっとどこかで聞いた感じの話になってるところがまたそれっぽいよな。あと風の守護をお前が与えたってことになってるけど、実際のところあれは」


「……あれは蒼潤の守護精霊だろう。もともとあいつには風の精霊がついていた」


 安里が困惑顔でウーの言葉を遮った。


「力が強くなかったから、確かに私は花幻(ファーファン)に命じてあの精霊を強化するようにした。ちゃんと蒼潤を守れるように。だが蒼潤はそのことを知らないし、私の力でも……」


「この物語、誰が広めたか教えてやろうか。蒼潤じゃないぞ、もちろん」


 訳知り顔のウーの微笑が安里にとっては憎たらしい。知っていることは全て話せという意思を込めて、ウーを睨んだ。


「広めたのはあの迫力美人の皇后様とそのじじいとあの側近だ。覚えているか? 呉晴(ウーチン)と、陸亮(ルーリャン)って言ったかな、あの白髭のじいさん」


 安里はいまでも鮮明な記憶にこくりと頷く。


「蒼潤のために動いていたのはあの呉晴と陸亮だ。あんまり可哀想だったんだろうな、いつかお前を連れ戻そうと考えてくれてた。だから精霊の巫女姫とか、守護とかそれっぽいことを付け加えてお前の存在を正当化しようとしたんだ。鬼妖(おにあやかし)じゃあんまりだし、不老不死なんて言ったら、まぁ、重すぎるしな。なにしろ蒼潤の想いとお前があの時離宮にいたことは世間に駄々漏れで噂になってたから、異相の娘を好きになった皇帝の乱心ではなく、精霊姫との許されない純愛に置き換えれば、お互い助かるってもんだろ?」


 ウーはいつのまにか屋根の上に寝転がり、星を見ながら話していた。どんな話だってウーにかかれば気楽でかつ単純な話になってしまう。きっといろいろあったんだろうな、と苦労を背負い込みそうな呉晴と陸亮の顔を思い浮かべて安里は思った。


「それからあの迫力美人の皇后様だけど、陸亮の孫娘なんだと。蒼潤がさ、いくら娘を紹介されても首を立てに振らなくって。貴族の娘は矜持も高いもんだから、自分に見向きもしないんじゃいくら皇后になれるっていっても嫌がってさ。年もだいぶ食って候補もいなくなったころに『私、仕方がありませんからお世継ぎを産んで差し上げます。愛していなくても結構。私もあなたを愛しません』なんて言って嫁いだんだと。面白いよな。そんでその頃にはもうだいぶ広まってた『皇帝陛下の恋物語』の話に付け加えたんだよ、自分はやさしーい皇后だって。自分は愛されなくても皇帝を愛しているなんて言ったら、皇后の評価が上がるもんな。策士だよ、あの人は」


 こんなことになっているとは、と安里は小さくため息をついた。

 長い時間の中で蒼潤と自分のあの日々が物語になっているとは夢にも思わなかった。みんなもう好き勝手に……と思いつつも、この物語は何だか素敵な気がして、口元が緩んだ。


 いろいろ思い出してきたのか饒舌になったウーは更に話を広げた。


「あいつ結構年取ってから嫁もらったもんだからさ、嫁さんも若いし子供もまだ小さいだろ? 今の皇帝陛下はやっとこ二十二だ。十七で即位させてな。次の息子が今十九で、末の姫なんて七つだぞ。呉晴とか陸亮とかが、なだめすかして何とかかんとか世継ぎを! 血筋を! とかってどたばたしてたなぁ」


「……ウーよ、詳しいな、お前。何でそんな細かいことまで知っているのだ?」


 安里は眉間にしわを寄せて半眼でウーを見つめた。ウーは昔から情報通ではあったが、ここまで蒼潤に関することを知っているのは奇妙だ。まるで見ていたような口ぶりも気になる。


「そりゃ、だって俺、蒼潤と友達だもん。いろいろ相談とかさぁ、手伝ったりとかさ、俺も活躍したんだぞ」


 誇らしげに言われた言葉に、安里はがっくりと肩を落とした。いつのまにそんな関係になったのか、とかいろいろ聞きたいことはあったが、ウーのことだ、なんとなくから始まって深い友情で結ばれたのだろう。昔から交友関係は広く友達が多いやつだったから不思議なことではない。蒼潤と話すときに妙に気安いと思っていたが、その疑問が解けた。


「そういうことは、最初に言っておけ。……まったく、お前というやつは」


 なんだか馬鹿馬鹿しくなって安里もウーの隣に寝そべった。自分の知らないところで、たくさんの人間が蒼潤と自分のために動いてくれていた。その事実が安里にはこそばゆい。正直に言ってとても嬉しい。心の底から、涙が出そうなほどに、嬉しい。けれども……。


 紫紺の星空が、遠く遠くの果てから安里たちを静かに見守っている。静かに風が吹いてきて、前髪を揺らした。


「……なぁ、安里」


「ん……?」


「今なら、言えるだろ、あいつに」


 ウーが遠くの星空を見上げながら呟くように囁いた声が、高い空に吸い上げられるように消えた。


「みんな、わかってたよ。お前があいつのために身を引いたって。……知らなかったのは、お前くらいなもんさ」


「……今更、だろう……」


 安里の呟きも、同じように星空の中に消えた。


「私は……みんながどんな風に言ってくれたとして、やはり不老不死の化け物だ。誰とも同じ時を過ごせない罰を負っている。だから誰のことも好きにならないと、深入りはしないと、そう決めてきた」


 あの時の自分の選択は決して間違っていなかったし後悔もしていない。過去は決して変わることはない。もしあの時……などと考えて暮らすくらいなら、やりたい様にしたら良かったのだ。もう選ばれ、そしてここまで来たのだ、あの時の未来は。

 

「私は……確かに、あの時、蒼潤のことを好いていて、そして離れた。でももう、今更だろう? 今更そんなことを伝えたとして何になるんだ? 時間が戻るわけでも何かが変わるわけでも……」


「いいんだよ、ごちゃごちゃ考えなくたって。好きなものは好き! これでいいの!」


 わざわざ体を起こし右手でこぶしを作って力強く放たれた、その無理矢理な言葉に、安里は深刻に考えていたことも忘れ、思わず吹き出した。


「ウー、お前、それは無茶苦茶だろう」


 安里も身を起こし、首を振った。するとウーは至って真剣に答えた。


「いろいろ難しく考えるのは……やめたんだ。結局、俺は俺の思うままにしか生きられないから。行き着く先が同じなら、悩む必要、ないだろ? 素直になりゃいいじゃないか」


 単純明快な男、ウーによって導き出された真理が、安里の胸にすとん、と落ちた。ウーの言葉は、こじれた安里の心の中の隅々に行き渡り温かい癒しのように染みていった。心に澱のように溜まっていたものが、するりと溶け出し、流れていくような感覚。


「たとえ今更だとしてもさ、俺だったら聞きたいよ。好きな人が自分に同じ気持ちを持っていてくれているんだとしたら、聞きたい。ちゃんと」


 ウーの瞳と声から伝わる真摯な響き。安里は一瞬とくんと心臓が跳ねるのを感じ、目を瞬かせた。


「だからさ、言ってやれよ。……冥土の土産に」


「……最後の一言は、余計だ」


 安里は吹き出しながらウーを叩いた。

 ああ、まったく、と思いながら、安里の紫の瞳からぽろぽろとまた、涙の雫が零れてきていた。


 凄惨な過去と、重すぎる宿命が、安里の心を硬く硬く縛り付け、拗れさせていた。たった一人、自分に課せられた運命に立ち向かっていく孤独を受け入れて。だが、その戒め続けてきた感情が、今静かに、解き放たれた。


 単純に、素直になる。


 そうするならば、自分の、気持ちは。


 最初から惹かれていたのに、知らない振りをした。意識しないように、無表情を貫いた。

 でも思わず頭を撫でてしまったこと。自分から別れを告げられなくて、わざと突き放すようにしたこと。そのくせ完全に彼から離れてしまうのが怖くて、約束などと言い出したこと。その約束が果たされるのを、ずっとずっと待っていたこと……。


 必死に押し隠していた気持ちは、いつの間にか隠せないほど大きく育っていた。涙は、止まることを知らず流れ続ける。


「ウー」


 星明りの下、遠くを見つめたまま安里は立ち上がった。表情は見えない。


「なんだ?」


「……ありがとう」


「……早く行け。じいさまはとっくに寝ちゃってるかもしれないけどな」


 そのまま屋根から飛び降りた安里を見送ったウーは、再びごろりと横になった。




「あ~あ、見事に玉砕ですのね」


「……ウー、かっこ、よかった……」


 華やかな女性の声と、遠慮がちな少年の声が響く。ウーは「ちっ」と舌打ちした。


「ちゃっかり聞いてんじゃねぇよ」


 照れるようにがしがし頭を掻いたウーに、花幻は心配そうにぽつりと呟いた。


「でも……。あの方は、もうすぐ……」


「あいつはとっくに自分の運命に覚悟決めてんだ。好きになったことを後悔するようなヤワじゃねぇ。それに……」


 言葉を切ったウーに、今度は焔火(イェンフォ)が問うた。


「? それに……?」


「この先長いときを生きるんだ。愛された記憶と、愛した記憶が残るなら、それがあいつを強くする」


 自分のことを優先することなく、ただひたすらに、愛する人の幸せを願って行動したウーに、花幻は感心した。だが……


「……そんなに愛しているのに、振り向かれないなんて……カワイソウ」


 涙を拭う仕草をする花幻に、ウーは立ち上がって大声で反論した。


「ちょっと待てぇ! お前涙なんて出ないだろうが! っつーか余計なこと言うな! 俺はカワイソウじゃねぇ! 当て馬じゃねーぞ!」


「……あてうま……? はやいの……?」


 ウーの叫びと、焔火の疑問を笑うように、濃紺の夜空に浮かぶ星星がきらりと瞬いた。





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